酒場「懐かしき再会亭」

 男はそう言って、唸るように泣き始めた。


 私は手を止めて、男をなだめた。


「泣かないで。他のお客さんが見てますよ」


 男は泣くのをやめない。目立つのは本意ではなかった。


「記者さん、あんたは他のやつにも話を聞いたんだろう? みんな平気で暮らしてるのか? あんなもんを見たり聞いたり、あの場にいたりしながら」

「他の人にも話は聞きました。あなたの話が一番興味深かったですよ。私はあなたの話を聞きたくて、取材して回ってたと言っていい。時間は掛かりましたが、ようやくたどり着いたという気持ちです」

「俺は、俺はどうしたらいいんだ。俺の考えが正しけりゃ、殺人犯は……水曜日の殺し屋は……」

「とりあえず場所を変えましょう。ここは椅子が硬すぎるし、そんな話を聞かれたら、我々は正気を疑われるかも知れない。役人に訴えるにしても準備が必要でしょう」

「準備……そうか、そうだな」

「この街にはもう一軒酒場がある。そうですね」

「ああ……酒場、そうだ。ある」

「飲みなおしましょう。すごいお話だ。私ももっと飲まないとやっていられない」

「ああ……そうとも……とても素面しらふでは……」


 男は既に深く酔っているようで、ふらつきながらなんとか席を立った。


「先に出ていてください。払いを済ませます」


 男を店の外に送り出し、私は最初に私を案内してくれた給仕の娘に声をかけて代金を払った。


「ところで」


 私は店を出る間際に娘に尋ねる。


「今日は、何曜日だったかな」


 娘は笑顔で答えた。


「水曜日ですよ」


「ありがとう」


 私は馬尾結びの髪の娘に笑顔で礼を言うと、酔った男を追って店を出た。





*** 了 ***




※作家・一田和樹さんが発起人のアンソロジー作品「告白死」シリーズへの参加作品です。


詳細はこちら

https://matome.naver.jp/odai/2134634412015285901

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告白死 記事にならない取材 木船田ヒロマル @hiromaru712

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