06
「全く…たった三ヶ月で帰って来るなんて…」
母さんが、眉間にしわを寄せながらボヤいた。
そう。
結局あたしは、一年半の留学期間を…三ヶ月でリタイアしてしまった。
なんて迷惑な話だろ。
失恋したから帰国するなんて。
…ま、留学の理由も不純だったしな…
「やっぱり、日本がいい。向こうは肌に合わない」
あたしがうつむいてつぶやくと。
「仕方ない子やね」
母さんは、あたしの頭をクシャクシャにした。
ともあれ、これでしばらくは尚斗さんに会うこともなくなったし。
しばらくどころか…Deep Redが帰国する前に、結婚して遠くに行っちゃうって手もある。
それがいいかも。
もう、出来れば二度と会いたくない。
勝手に継続してると思ってた許嫁の件。
初めてのキスシーンを見られて、尚斗さんのせいよ。なんて…逆切れした件。
…あたしの人生から削除したい。
『合コンしない?』
前の席からそんな紙が回ってきて、あたしはさっそくOKを出す。
四月。
あたしは桜花の短大に進学して、今年こそは彼氏を作る。を、目標にしていた。
「結構美形揃いだって」
「それは楽しみだな」
授業が終わって、数人の友達と集まっての会話。
毎日毎日…合コンとオシャレの話。
それで楽しいの。
それが楽しいの。
とびきりかっこいい男と結婚してやる。
「愛美、今日ピアノの日じゃなかったっけ?」
「あ、そうだ。じゃ、また決まったら教えてね」
「うん。じゃあね」
あたしは今、ピアノを習っている。
あまり乗り気ではないけど、趣味・特技の欄に書くものがないからだ。
華や茶道でもよかったんだけど、ピアノなら少しやってたし…と思って。
友達と色違いで買ったバッグ。
中庭を抜けて校門に向かいながら、ちゃんと定期を入れてたっけ…と、それを確認して顔を上げると。
「……」
何だか…会いたくない人が。
会いたくない人が―…そこに立ってる。
幻覚?
「…どうして…」
あたしは、慌てて向きをかえる。
「愛美ちゃん!!」
あたしに気付いた尚斗さんが、走ってくる気配。
どうして?
なんで?
どうして尚斗さんが日本にいるの?
なんで、あたしを追っかけてるの?
「愛美ちゃん!!」
「やっ…」
腕をつかまれて、振り返させられる。
「……」
「どうして…黙って?」
見つめられて、うつむいてしまった。
「学校に行ったら、帰国したって…どうして、何も言ってくれなかった?」
「…だって、関係ないもの」
やっと、言葉が出た。
でも…顔が見れない。
「……」
「…離して」
つかまれた手首が、痛い。
「……」
でも、尚斗さんは離してくれない。
「離してよ」
「愛美ちゃん」
「…何」
「ちゃんと、顔を見せて」
「……」
ゆっくり…顔をあげる。
でも、なかなか…目が見れない。
「ハビナスに留学したのは、俺を追ってきたって…本当?」
図星過ぎて目を見開いた。
しかも…それ尚斗さんが言う!?
「なっ…何よ、それ。誰がそんなこと…」
「ナッキーが」
「…まさか」
「じゃ、どうして帰国したの。もっといる予定だったんだろ?」
「…それは…」
「俺、愛美ちゃんを傷つけた?」
「……」
尚斗さんは、何も分かってない。
分かってないのに、ここに来たんだ。
「…尚斗さん、どうして帰国したの?」
低い声で問いかける。
「ちょっと長いオフができたから…」
「そ…」
イライラする。
もう、忘れるはずだったのに。
どうして、あたし…尚斗さんの言葉の一つ一つで、こんなにイライラしなきゃいけないの?
「あたし、忙しいの。離して」
「愛美ちゃん」
「今から、ピアノ習いに行かなくちゃいけないの」
「…ピアノ?」
「合コンやお見合いの時、習い事してるって言ったら聞こえがいいでしょ?だから…」
「話しがあるんだ」
「もう、離してったら!!」
あたしの剣幕に、尚斗さんはゆっくり…手を離した。
「もう、かまわないで。あたしと尚斗さんは、何も関係ないんだから」
「……」
「7つも年上の許婚なんて、あたしだって嫌よ」
あたしの冷たい言葉に、尚斗さんは何も言わなかった。
立ち尽くしたままの尚斗さんを残して、あたしは歩き出す。
尚斗さんがいけないのよ。
あの時…あんなこと言うから。
だから、あたし期待しちゃったんじゃない。
夢も…相当見ちゃったんじゃない。
尚斗さんがいけないのよ…。
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