02

「愛美ちゃん!?」


 学校の帰り道。

 尚斗さんが、驚いた顔でかけよってきた。


「あら、尚斗さん。久しぶり」


 あたしは、とびきりの笑顔。


 ニューヨークに来て、二週間。

 やっとこの日が訪れた…!!



「マナミ、誰だい?」


「あなたには関係ないわ」


 一緒にいた、クラスメイトのウェインの背中を押す。


「バイバイ」


「……」


 ウェインは不満そうに、何度も振り返りながら歩いて行った。



「偶然ねー。尚斗さん、この辺なの?」


 偶然だなんて、嘘。

 調べつくして、何度もこの道を歩いた。



「愛美ちゃんこそ。留学ってのは聞いたけど、この近く?」


「姉妹校があるの」


「ああ、ハビナスね」


「尚斗さん、今日はお休み?」



 毎日気合いを入れて着ている服。

 今日のニットスーツも、尚斗さんの好きな水色。



「うん。久しぶりの休み」


「じゃ、どこか連れてって?」


「今の彼氏は?」


「彼氏じゃないわよ。ボーイフレンド」


「へえ、結構カッコイイ子だったね」



 もう。

 そんなこと、どうでもいいじゃない。



「ね、夕食でも一緒に…」


「ごめん。今夜は約束があるんだ」


「…約束?」


 ああああああ…残念…。

 でもまあ…そうだよね。

 今日の事を今日言ったって、ダメな事の方が多いよね。



「ああ。また別の日にでも。あ、これ事務所の住所。だいたいここにいるから」


 尚斗さんはそう言ってポケットからペンを出すと、持ってた買物袋の紙を少しだけちぎって住所を書いてくれた。



「…行かないかもよ?」


 すぐにでも行きたいクセに、あえて駆け引きに出る。


「彼氏も誘っておいで」


 だーーーかーーーらーーーー!!


「もう、ボーイフレンドだってば…じゃあね」


 本当はまだ話していたいけど…

 印象付けるには早めに引いた方がいい。

 そうしたら尚斗さんも…


「あ、愛美ちゃん」


 …ほら来た!!

 

「?」


 嬉しいクセに、ふくれっつらのまま振り返る。

 すると、近付いて来た尚斗さんは…くいっとあたしの顎を持ち上げた。


「…え?」


「まだ、赤は早いんじゃないかな」


 そう言いながら、親指であたしの唇を拭う。


「ちょっ…」


「黙って」


 な…ななな…

 何これ…!!

 ドキドキして、瞬きも忘れたまま尚斗さんを見つめる。


「……」


「あ、ちょっとはみ出した。ごめん。」


 クスクス笑いながら、あたしの唇の周りを拭いてくれる尚斗さんに…あたしは真っ赤になりながら見惚れてしまう…


 …はっ…!!


「も…もう!あたし、子供じゃないのよ!?」


 慌てて尚斗さんの手を振り払うと


「愛美ちゃんは素顔がいいって。じゃあね」


 尚斗さんは、昔から知ってる笑顔で手を振って、通りの向こうに走って行ってしまった。


「……子供じゃ、ないんだから…」


 わなわなと震えながら、つぶやく。

 童顔だから、素顔のままじゃ尚斗さんに似合わない。

 大人っぽい女になりたくて、メイクも習った。

 尚斗さんのために、磨きをかけるために…勉強だって、うんとした。


 18歳…よ?

 もう…結婚だって、出来る歳。


「……」


 拭われた唇に触る。

 尚斗さんの指の感触を思い出して…


「わかってよ…早く」


 小さくつぶやいた。

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