05

「いったい、どいつとつきあうのよ」


 ジェニーが呆れた声で言った。


「…そうねえ…」


 教室の窓。

 ボンヤリ外を眺めながら、寒そうな空に自分の気持ちを問いかける。


 みんな優しい。

 紳士だしお金持ちだし…何より、あたしを想ってくれてる。

 …たぶん。



 尚斗さんに出くわしてからも、あたしは毎日男の子達と下校した。

 そして、一人一人の言葉に耳を傾けた。

 ちゃと、その人となりを知って決めようと思ったからだ。

 男の子達は向き合ってるあたしに、色んなアピールをしてくれた。

 本当にいい人ばかりだと思った。


 だけどなあ…


 別に彼氏なんていなくてもいいような気がして来た。

 それでまた少しテンションの下がったあたしから、一人二人…と男の子が去って行った。

 どうやら男の子達は、来月のダンスパーティーのパートナーを躍起になって探している…と。

 それじゃ、手に入るかどうかあたしなんて相手にしてる場合じゃないわよね。




「マナミ」


 教室の入り口で名前を呼ばれて、振り返るとウェインがいた。


「一緒に帰ろう」


 今日は珍しくウェイン一人。


「ウェイン、いい奴よ?そろそろ決めたら?」


 隣にいるジェニーが小声で囁く。


 …確かにね。

 最初からずっと、ブレる事なくあたしのそばにいる人。

 どんなに冷たい事を言っても、どんなに突き放しても。


「じゃあね」


「また明日」


 ジェニーに手を振って教室を出る。

 ウェインは笑顔であたしの隣に立つと


「今日は独り占めだ」


 本当に嬉しそうに…前髪をかきあげた。


 …思えば…小さな頃から誰かに告白をされても、ときめいた事すらない。

 あたし自身、異性にも恋にも興味がなかったのだと思う。

 女友達と遊んだり、漫画やテレビを観て笑うのが好きだった。

 それが、尚斗さんが許婚だと知って…俄然芽生えた恋心。

 漫画はオシャレ研究の雑誌に代わり、テレビの時間もお肌の手入れに余念がなかった。


 あたしは、尚斗さんに夢中になった。

 好きだと言われたわけでもないのに。

 だけど…ウェインはあたしを好きって言ってくれる。

 それについて…

 あたし、どう思ってるの?




「寒くないか?」


 歩きながら、ウェインが優しく声を掛けてくれる。


「寒いね。あたし、こっちの気候なめてた」


 笑いながら手に息を吹きかける。

 ウェインはそんなあたしを眩しそうに眺めて、着てるコートを脱いであたしに掛けてくれた。


「えっ…いいよ。それじゃウェインが寒くなっちゃう」


「マナミに寒い想いをさせたくない」


「でも…」


「…マナミ」


 え?

 と思った時には、顔が近付いてて。

 口唇が…重なった。

 あたしは動けなくなって…ウェインに身を任せてる。

 やだ…

 足がガクガクする…


 あたし、何やってんの?

 初めてのキスを、尚斗さんじゃない人と…



「いやっ!!」


 思い切りウェインを突き飛ばすと


「何だよ!!キスぐらいいだろ!?」


 ウェインは、真っ赤になって怒鳴った。


「一人で寂しそうだから、かまってやったのに、何だよ!!」


「キスぐらいって何よ!!それに、あたしには尚斗さんがいるんだからね!!」


「はっ!?結局おまえには誰もいないんだろ!?」


「っ…」


 い…いい人だと思ってたのに…

 何なのよ…!!


「サイテー!!」


 コートを投げつけて走り出そうとすると…


「…あ…」


 なんてタイミングが悪いの?

 尚斗さんが、彼女と立ってる。


 見てたの!?

 今の、一部始終を!?



「愛美ちゃん…」


 尚斗さんが、途方に暮れたような目で、あたしを見てる。

 あたしは口唇をくいしばって。


「尚斗さんが悪いのよ!!バカ!!」


 大きな声でそう言った。

 そして、何か言いたそうな尚斗さんに背を向けて、全力疾走したのよ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る