第14話 最後のページ

 沙希の通報により、花岡牧夫による事件は明るみに出ることとなった。


 蒼偉の指示で、事前にすべての根回しをしていた彼女の功績は決して少なくはない。花岡を温室へと誘い出す間に、子供たちを園舎に帰していたのも彼女である。結果、子供たちは恩師の兇状を目の当たりにしないで済んだのだ。


 逮捕後、花岡はぽつりぽつりと自供を始めている。その供述を裏付けるように、『ひかりの家』の温室からは、児童と思しき人骨が発見された。それも男女複数のものがである。これらが意味するものは、故・御子柴鏡太郎が『ひかりの家』創設依頼、長年に亘って蛮行に耽っていたという確かな証拠であり、またその犠牲者は、大下麻美亜以外にも存在したということである。ある者はすでに殺害され、またある者は麻美亜同様、御子柴興産の息がかかった治療施設にいるのかもしれない。


 事実は絵本の呪いなどよりも、よほど醜悪な正体を隠し持っていた。御子柴興産の今後の進退には、多大なる影響を及ぼすだろう。


 また、佐々木沙希による事件回顧録。『読んだら死ぬ絵本異伝 ~老貴族の奇形なる性愛~』が世に出されるにはまだ若干の時間を必要とした。


 事件後。

 蒼偉は再び、海の見える診療所を訪ねていた。ねっとりとした潮風の匂いは相変わらず苦手だったが、不思議ともう恐怖は感じなかった。


 病室のベッドには窓の外を静かに眺める大下麻美亜がいる。

 介添えをしている看護婦がいうには、今日はなにもいわない日なのだそうだ。彼女はただジッと海を見ていた。蒼偉にはその光景がまるで、肖像画のように思えた。


「事件が無事解決しましたので、そのご報告に参りました。あなたのお陰ですよ、麻美亜さん」


 それでも麻美亜は動かない。岬に建つ、白い灯台を見つめていた。

 蒼偉は微笑み、そして続ける。


「『おおしたまみあ』と『あおしまたみお』――アナグラムですね? この本を書いたのはあなただ、麻美亜さん。いくら画風が違っても、線のタッチは誤魔化せない。前に見せてもらったスケッチブックの少年の絵と、『ひかりの森のおはなし』。それから『ひかりの家』の廊下に残された古い落書きに、あなたのタッチの面影を見ましたよ。そこで確信しました。そして……」


 蒼偉は看護婦の方を振り向いた。


「協力者はあなたですね、看護婦さん。例の出版社にご友人が?」


 すると看護婦は無言で首肯した。そして蒼偉も多くを追及することはなかった。大方こういう具合だろう、リハビリのためにと書かせていた絵に才能を感じた看護婦が、出版社に勤める友人を頼りに、絵本として出版することを持ちかけたのだ。


 当然、彼女は事情を知っている。絵本に隠された暗示も読み取っていたことだろう。

 しかし、


「ずっと引っ掛かっていた。なぜ青島民生はこんな回りくどいことをしたのか? しかし実はそうではなかった。これで精一杯だったのだ。わずか『八歳の少女』がなにかを誰かに伝えようと一生懸命に考えた。そう……これはあなたなりの告発だったんですね? 麻美亜さん」


 聞いているのかいないのか。その時、麻美亜の頬を一筋の雫が伝う。そしてゆっくり蒼偉の方へと振り向いて、フッと消えてしまいそうな笑顔を見せた。


 御子柴興産がこの事実を認め、被害者への謝罪を真摯に履行するのならば、やがて彼女の治療も進むだろう。もう、暗い森の中で怯える必要はないのだ。


「大丈夫ですよ」



  おとこのこが そうわらいかけます

  おんなのこは とてもしあわせでした


  あかるくて たのしい もりのおはなし



『読んだら死ぬ絵本 完』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

読んだら死ぬ絵本 真野てん @heberex

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ