第31話 八咫烏陰陽道

「ほら 取ってきたものだ。源爺に言われたものしか取ってきてないがな」


 仙十郎は薬草をレイラに手渡し、レイラは布袋に手を突っ込んでは確認し始めた。



「ふむ。この茴香ういきょうは消化不良やお腹の張りに効果があると源爺が言っておったのじゃ。それにこの芳香は料理とかにも使えそうじゃが……」


「うぇ 止めてくれ その匂いは好きじゃない」


「ふん お主の様な山育ちの田舎者には分からないじゃろうが、魚や肉に味付けをすれば美味になると思うのじゃがな」


「田舎者で悪かったな。俺は奥座敷で本を読むから邪魔するなよ」



 仙十郎が奥座敷へ去っていくと、レイラは鼻唄混じりに薬研やげんを使い茴香ういきょうを粉末状に潰していった。

 半刻ほどすると城下町に行っていた市蔵と道休どうきゅう夢芽むめの3人が戻ってきた。



「レイラ 帰ったわよ。って眠ってるじゃない。それにしても器用な寝相をしてるわね」



 玄関から茶の間までやってきた夢芽の目の前には、レイラの足を広げた間に薬研が置かれてあり、レイラは薬研車の取っ手を両手に握りながら俯せに眠っていた。

 レイラの背中をツンツンと夢芽がつつくと、一瞬だけ背中がピクッと動いた。その様子に夢芽はクスッと微笑む。



「夢芽、レイラ殿は成長期ですから寝かせてやりなさい」


「でもお兄様。この体勢では辛そうよ。寝かせるならちゃんと横にさせないと。ね、市蔵様もそう思うわよね? 」



 夢芽の意味ありげな言葉と表情に市蔵が面倒臭そうにため息を吐くと、レイラの後ろから両腕を回し、そのまま抱き抱え納戸へと連れていった。

 市蔵が茶の間に戻ってくると道休が口を開いた。



「さて、本題のレイラ殿の筥迫はこせこを見せて貰いましょうか? 」


 市蔵は茶の間の端に置いてあるひつから筥迫を取り出し、道休に手渡すと横から顔を出した夢芽が感嘆のため息を漏らした。



「何これ? 凄いわ。ビロード地に金刺繍何て、相当な値打ちがあるものよ」



 道休は夢芽の言葉を聞き流し、色んな角度から筥迫を見回した。


「模様は八咫烏やたがらすにカミツレか……」


「これだけで何か分かるか? 」



 市蔵の問いに道休は、いつになく表情を強ばらせた。


「市蔵殿……レイラ殿は私たちの想像以上の身分がある方かも知れません」


「どういう事だ? その筥迫だけで分かるのか? 」


 道休は筥迫の八咫烏を指差しながら話し始めようとした時である、レイラが納戸から目を擦りながら茶の間へと戻ってきた。



「何じゃ……イチよ。戻ってきておっ……それは、わらわのじゃ! 返せ!! 」


 レイラは筥迫を見ると、目を丸くし咄嗟に道休から奪い取り市蔵を睨んだ。


「イチだから安心して櫃に入れて任せてたものを、勝手に道休に見せるとはどういう事じゃ! イチでも許せんぞ」


「レイラ殿。これは私が嫌がる市蔵殿に無理を言って見せて貰ったのです。私が悪いのです。申し訳ない」



 道休はレイラに頭を下げたが、興奮が収まらないのかレイラは筥迫を大事そうに胸に抱え、今度は道休を睨むと納戸へと消えていった。



「こわっ あんなレイラ初めて見たわ」


「市蔵殿すみません……」


「お前が悪い訳じゃない。レイラがいない時に見せれば良かったが、あいつは暑さに弱いらしく、最近は屋敷にずっといるから眠っている時なら。と思ったが」


 市蔵は言葉を区切るとレイラの去った納戸へと目を向けた。


「あいつが今でも筥迫の事で、あんなに怒るとは思わなかった。で、何かしら分かったのか? 」



 道休は頷くと唾を飲み込んでから、真っ直ぐと市蔵を見据えた。


「あの見事な刺繍に八咫烏……おそらくレイラ殿は八咫烏陰陽道の一族では?」



 市蔵と夢芽は息を飲んだ。


「八咫烏陰陽道!? 神道、陰陽道に宮中祭祀を裏で取仕切る? 私の馴染み客に公家もいらっしゃったので聞いたことはありますが、本当に存在してたのですね」


「あぁ 私も寺で修行をしていた際に聞きかじった程度だが、市蔵殿も聞いたことは御座いますよね? 」



 市蔵は頷き眉間にシワを寄せた。


「元は吉備真備きびのまきびが聖武天皇の密勅により結成したと言われていて、迦波羅かばらと言う秘術を使い天皇や内廷皇族の日常的な事柄を一手に引き受けていた。と、言う事位ならな」


「それだけ知っていれば十分ですよ。付け加えるなら、天皇に危険があれば聖護院に連れて行き事態を見守り、それでも事態が収まらず拡大するならば、聖護院から極秘にされてる道を辿り奈良吉野まで天皇を逃がす役割も担ってます」



 夢芽が話に割り込んでくる。


「じゃあ、八咫烏陰陽道に属している人たちは結構な人数がいるのですか? 」



「詳しくは私も知らないが聖護院から奈良吉野までの間に滞在する、神社や寺などの主は全てが八咫烏陰陽道の構成員か血縁者で固められているらしい」



 道休は言い終わると人差し指を頭に軽く打ち続けた。


「しかし、分からないのはカミツレの方ですね。八咫烏とカミツレの組み合わせ……ここにレイラ殿の生い立ちに関わる重大な秘密があるように思われます」


 相変わらず眉間にシワを寄せ目を瞑っていた市蔵がボソッと呟いた。


「十条家……」


「え? 市蔵殿、聞こえなかったのですが」


 市蔵は目を開くと道休に向けて口を開いた。


「美録の嫁ぎ先の十条家、美録の義父に当たる事になる現当主は関白の職に付いている。その一族は寺の大本山や神社の本社の最上位を務めてる者が多い……」


「なるほど。十条家……おそらくは八咫烏陰陽道の構成員で間違いないでしょう。それも超大物でしょうね」



 陽もすっかり落ちた茶の間には、和紙が貼られた行灯の柔らかい光がゆらゆらと揺れ始めていた。

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