第15話 居た

 現世日本より少し肌寒い。


 乾いた空気が、頬や手首に当たる。


(これに慣れたら、きっともう、日本には戻れないな。ジメッとして暑いからな)


 広い川の近くの路地は、ゴミも無くきれいだった。その路地の左右には、家々が並んでいた。2階建てが多い。



(さすがに、ビルみたいなのはないか)

 と、見上げていたら、木製の大きな看板が、とある家の2階の壁に張ってあった。


『呪文教えます』

 と赤い字で書いてある。


(呪文屋さんか)

 呪文詠唱がトリガーになって魔法が発動する……とか、異世界なら普通だもんな。


 その点については違和感が無い。ただ、何かおかしい。


 教えられる魔法の種類が、その看板に、色分けして書いてあった。


・黒魔法

・白魔法

・精霊魔法


 それぞれ、黒、白、緑という文字の配色だった。


(精霊魔術は、緑ってイメージなのか) 


 それも、まぁ普通だと思った。大自然の力とか、万能なるマナがなんちゃらとか、たぶんそういうやつだろう。ありがちありがち。


 ただ……。

 その看板の、とあるセリフに、俺の目は釘付けになった。


 まるで『いら○とや』の絵柄みたいな、シンプルで味のある感じの女性の絵が描かれていた。


 明らかに魔法使いっぽい、ローブを着た女性が、糸目のニコニコで。その口元から、不自然なほど横長な吹出しが出ていた。


『あなたも魔法使いWizardに!』

 と、書いてあった。


(!!!)


 その意味内容に違和感は無い。


 看板の日本語に、のルビが振ってあったんだ。←ココ!!



『英語を書ける人間が、この家の2階に居る』


 その事実は、俺を走らせるに充分だった。

 尿意や野球以外でも、俺は走る。


 登ったさ。

 その2階に行くための階段を。


『カタコト英語で相手に意味が伝わったら、その力が具現化する能力』

 なる、女神さんが俺に与えた謎スキルの、発現に繋がるであろう、木製の階段を。


(おっしゃ! ついにチャンスきた!)



 ダンダンダンダン!

 そして扉をギギイと開く。


 ……2階の部屋の中には誰も居なかった。

 テーブルと、本棚と、椅子があるだけ。


(期待して入ったんだけどなあ……)

 と思いつつ、はぁはぁと切れた息を整える。階段ダッシュはキツイ。


 ラノベ知識を参考にすると。この流れなら、『英語が教えたくてしょうがない女性教師とかが出迎えてくれて、俺の無双展開が始まる』みたいな展開を先読みした。しかし、そうは問屋がおろしてくれなかった。何問屋だろう?


(都合よく、地球は回ってはくれないのか……。あっ、ここ地球じゃねぇな。異世界だから)


 後ろから肩を掴まれた。



「きみ、どこからきたの?」



 結論として、『英語が教えたくてしょうがない女性教師』は居た。



 ただ、それ以外については、全て当たったとは言えない。

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