6
8月22日。紺野さんがオナラをしてから4日間が経過したけれど、あれから紺野さんはベーグルに姿を見せていない。しかしそれでも、可能性がある限り、僕はベーグルへと足を伸ばす。
今日は久しぶりに朝からどんよりとした曇り空だ。天気予報だと午後からは雨が降るらしい。
となると、自転車で喫茶店『ベーグル』に向かうのは少し躊躇われる。
僕の家からベーグルまでの道のりは下り坂が多く、自転車で行くのはとても楽なのだが、逆に帰りは上り坂が多い。
午後から雨が降った場合、傘を差しながら登れるような傾斜ではないので、自転車で向かうのであればビショビショに濡れるのを覚悟しなければならないのだ。
そんなわけで、今日は歩いてベーグルへ向かうことにした。
本を一冊と傘を一本、手に取って、家を出る。
汗だくになりながら複数の坂を下り、たくさんの蝉の鳴き声が聞こえる神社の横を抜け、錆びれて人通りの少ない商店街を通り過ぎると、すっかりお馴染みとなったベーグルが見えて来た・・・のだが。
今日はベーグルの前に、挙動不信な人影が一つあった。
ベーグルに一つしかない、ドアについた明かりとり用の窓から店内を覗き込んでいる・・・かと思えば、キョロキョロと辺りを見回し、まるで誰かを探しているようだ。
「あ、あれ?もしかして、あれ・・・紺野さんかな?」
待ち焦がれていた待ち人らしきシルエットに、僕は小走りで、ベーグルを目指す。すると、紺野さんらしき人影のシルエットが徐々にはっきりとしていき。
やっぱり、紺野さんだ。でも、何してるんだろう?
人影の正体はやっぱり紺野さんだった。しかし、何故だかドアに張り付き店内を覗くばかりで、中に入る様子がない。
もしかして、ためらっているのだろうか?
さらに近づくと、紺野さんの独り言が聞こえてきた。
「やっぱり・・・ああでも。もう・・・遅いかなあ。水野くんは・・・奥の部屋かなあ?」
挙動不信の紺野さんは、どうやら店内にいるであろう僕の姿を探しているらしかった。
僕は紺野さんに名前を覚えてもらっていたことにほんの少しの感動を覚えて、そして、その勢いに任せてついに、紺野さんに話しかけた。
待ちに待った紺野さんが目の前にいるのだ。僕が恥ずかしがっているわけにはいかない。そんな気持ちも、もちろんある。
「あの・・・紺野さん。中・・・入らないの?」
すると紺野さんはびくりと肩を震わせて、
「ひゃ、ひゃい!!・・・あ、水野くん。」
と、僕の顔を見てもじもじと言った。
恥ずかしがっている紺野さんも可愛いなあ、じゃなくて。
「紺野さん、今日は久しぶりに・・・でもないけど、この喫茶店に来たんでしょ?とりあえず、中に入ろうよ。」
僕は内心ドキドキしながらドアを開いて、紺野さんに言った。
近づいてみると、紺野さんは、背中までびっしょりと汗をかいていた。きっと長い間、ここで中に入るかためらっていたのだろう。
「う、うん・・・。」
紺野さんが、小さな声で返事をして、僕に続いて店内に入る。
「あ、水野くん。いらっしゃい。・・・お。」
奥の部屋からマスターがひょっこりと顔を出して僕に言った。そして僕の後ろにも目を向けて、
「あと、紺野ちゃん、だっけ?いらっしゃい。」
と紺野さんに笑いかけた。
「あ、はい。・・・こんにちは。」
もじもじと返事をする紺野さん。
僕は『オナラのことは言わないでくださいね』とマスターにアイコンタクトをする。
『わかってるよ。』とマスターが僕にアイコンタクトを返した・・・気がした。
そして、僕はいつものようにアイスティーを注文して、席につく。
紺野さんが少し遅れて、きょろきょろと店内を見回し、僕から少し離れたところに腰をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます