No.10 いのちのみず
夜十時。ふいに喉が渇いた。
冷蔵庫の飲み物が切れていたので、わたしは近くの自動販売機まで、サンダルでぺたぺたと繰り出すことにした。
夜の空気はきりりと冷たい。外に出て、息が白くなることにびっくりした。忘れていたけれど、もう十一月も後半なのだった。
そして静かな霧雨が降っていた。店のネオンや街路灯が雨に濡れて、てらてらと光を反射する。この街の雨の風景は好きだな、と。あらためておもった。
歩きながら雨に降られていると、「十一月の陰鬱な雨」という、ある小説の一文をおもいだした。
陰鬱ってことばは、表現しちゃうとほんとに陰鬱な気分になるからなあ。今はその表現じゃない方がいいな。なんて取り留めのないことを考えた。あてもなく。
自販機まで到着する。ポケットに忍ばせた小銭をちゃりちゃりと出して、お茶とミネラルウォーターを二本買った。あんまり喉が渇いていたものだから、その場でミネラルウォーターをひと息に飲む。身体じゅう染みわたる美味しさに、夢中になってごくごくと喉を潤した。
その間にも雨が降りしきり、わたしの身体を包んでいる。
なんだか不思議だ。雨にあたりながら水を飲んでいると、身体すべてで水を吸収しているような気分になる。まるで恵みの雨を一身に受ける、植物になったような気分。
そんなことを思ったのは、はじめてだった。そしてなぜだか、わけもなく感動した。
わたしは人間である前に生き物なんだ。
生き物として、ただ純粋に、水を欲していたんだ。
いのちの水が、いま、わたしの身体に染みわたっていく。
空をみあげる。優しい雨が降っている。
陰鬱なんかじゃない。
11月の恵みの雨だ。
暮れゆく世界のショートショート 谷下 希 @nonn_YASHITA
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