No.09 ワンダフル・ニュー・イヤー
あけましておめでとうございます。いい夕暮れですね。ええ、家内も、息子も元気にしています。旧年中はたいへんお世話になりました。本年もまた……
え、昇進のお喜び? いえいえ、そんな大層なものではないのですが……ええ、そうですね、一家が楽に暮らせるようにはなりましたでしょうか。息子が生まれたので、正直助かりましたが、たいしたことはないですよ。
謙遜だなんてそんな。中央に移動と言っても、待遇だって、前とほとんど変わらないんですよ。ふところは暖かくなりましたけれどね。ははは。いやみですって?
そうそう、山本さんのお話をお聞きになりましたか。左遷のようで……。
嘆かわしいことです。彼は、本当に職務ひとすじの、男気あふれる御仁であったというのに。ええ、どうも噂では、上司の怠慢に激怒して、噛みついたことが決定的だったとか。全く、理不尽にもほどがある。
ええ……前から彼は、正義漢でしたからねえ。泥棒にも単独で立ち向かったくらい、使命に燃える男だったでしょう?
ちょくちょく上司に進言しては、うるさがられていたようです。目の上のたんこぶ、とでも言いましょうか。それにしても酷い。
ええ。その上司の怠慢のせいで給与が貰えず、山本さん、飢えを霞でしのぐ生活だったようですよ。私たちなんて、上司の器で左右される存在でしかないですからね。
いやな時代になったものです。
それで、いま山本さんは? そうなんですよ。今どうしてるかは聴いてなくて。
……ええっ。倉庫番ですか。ほんとうですか! あんな寒いところに、一日中居続けなんて。これならまだ段ボール生活の方がましというものですよ。ええ、それほど酷いんですよ、あの部署は。特に彼は定年まぢかでしょう。乾いた北風が身体にどれほどこたえるか……!
こうなると、一度彼に会いに行かないといけませんね。ええ。憂さ晴らしですよ。
手みやげをたくさん持って、飲み明かしましょう。ぜひとも、彼には頑張ってほしいですからね……。
ところで、え、小宮さんは今どうしてるかですって? あいつはもうだめですよ。更正の余地なし。反省なんて、生まれてこのかた考えたこともないような男なんですから。少しは猿でも見習ったらいいんですよ。あんないけすかない動物でも、あいつよりはましというものです。ほら、あの反省ザル。右手をだして首を垂れる……そうそう、あれです。え? 古いですって? あなただって、大してわたしと変わらない年でしょう。ははは。
ああ、そうそう。小宮さんでしたね。あいつ、また外で女つくって、子供産ませたようで。そう、もう三度目ですよ。それにしても今回は酷かった。相手方がそろいもそろって、小宮家に殴り込んできたんですよ。もちろん、子供も一緒に連れてね。
なんと、三つ子だったんですよ。どうやったら、そんな器用なことが出来るのか…もう呆れるしかないですね。
私、彼の隣に住んでいるでしょう? だから一部始終すべて知っていますよ。
あんな大騒ぎして、この界隈じゃあもう知らない人はいませんよ。子供はどちらが育てるだの、養育費だの、もう生々しいったらありませんね。せめて罪のない子供達が、施設に入れられないよう祈るしかありませんよ……。
ええ、私にも息子が出来ましたからね。親の気持ちというか、見ていてやるせないです。全く、悪い時代になったものだ……。ああ、すみません、新年早々、せちがらい話ばかりで。ええ、私たちも、お互い頑張りましょう。折角私たちの年なんですからね。
私も、やっと暖房付きの屋内に入れてもらったことだし、あなたも、見合いの話が来ているんでしょう? やあ、隠したってだめですよ。この地獄耳に入らない話などありません。ははは。あ、では、上司が呼んでいますから。
うちの上司、まだ若くって、わたしがしっかりしていないと、すぐ溝にはまるんですよ……ああ、もうたどたどしいったら。ははは。はい、ではまたお会いしましょう。
そうそう、すっかり忘れていた。本年もよろしくお願いしま……痛い、いたい!
ボス、そんなに強く首引っ張らなくても……。
「コロー、コロってば、早く行かないと、ままがご飯くれないよー。おうちにも入れてあげないんだからね! そうそう、いいこいいこ」
ワンだふる・ニュー・イヤー!
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