No.08 午前零時。雪の夜中にて。

 縄文時代には、すでに栗が栽培されていたらしい。栽培させる技術を持っていたらしい。

 

 まるで歴史的大発見みたいに、公共放送は物々しく一部始終を語っていく。

 あんまり当たりまえすぎて、あくびが出た。世のなかはとても気だるい。


 すんと、鼻をすすってチャンネルをかえた。結露で曇ったガラス窓からは、昼からちっとも収まる気配のない、大粒の雪がふりつづいている。

 家賃三万円、六畳の安アパートには、エアコンがない。古き良き日本の姿の象徴みたいな、石油ストーブがあるのみだ。だから、毎年この季節には天井と床とのひどい温度差に悩ませられる。


「ただいま。待ってなくてよかったのに」


 顔をあげたら、バイト帰りのユウキが、こちらをのぞきこんでわらっていた。

 しばらくウトウトしていたらしい。雪が、彼のジャンパーから睫毛まで、ところかまわずすがりついていた。道路整備のバイトは、これだから骨が折れる。ユウキに手招きをして頭を下げさせると、前髪についた淡雪をそっと指ですくった。

「テレビが、つまらないの」

 あんまりむっつりと言ったものだから、彼はなんだか物凄く真剣に話のつづきをまっていた。うん、それで?

「縄文人は栗を栽培していたんだって。……栗を栽培させる技術があったんだって。ニュースで言ってた」

「うん」

 あたしはユウキを見る。

「で? って感じじゃない? そんなに大騒ぎすること? ……わけわかんない。クジラが会話出来たことに驚いたのと、おんなじレベルにおもえる。やなかんじ」


 うんうん。とユウキはそれだけ言って、お茶を沸かしはじめた。なみなみと水をそそいで、ガスコンロに火をつけて。

「……今日も、車がぎゅうぎゅうで、クラクションばっかりだったよ。もっといろんなこと、スマートにできないものかね」

 なんて、哲学的なことをつぶやいて。


 あたしはなんだか面白くない。

 ユウキばかりが大人になっていく気がしてしゃくだから、後ろから抱き付いてやった。

 あぶないだろ、と言いながら、ユウキはあたしを受け入れる。キスをする。あたしは彼を子どもに戻す方法をしっている。


 せっかく沸かそうとしたお茶をあきらめて、ユウキはコンロを切った。

 つめたい木床に寝転がって、あたしは窓を横目で見た。大粒の雪がしんしんと、ときの流れを教えてくれる。けれどその視界もすぐにユウキに阻まれた。


 気だるい世の中に、今日も雪は降り積もる。

 夜は深度を増していく。

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