魔女と小悪魔のお茶会
紺野咲良
ある日、物理実験室にて
物理実験室へと向かっていた
その
―― 一度はいてみたいと思ってたんだ
以前に
「何か用?」
背後から声を掛けると、不審者がビクっと振り向く。
「い、一年の……
「梓川を?」
「はい。
この学校で咲太と面識ある生徒など限られている。ましてそれが一年生ともなれば尚更だ。
理央はすぐに思い当たった。おそらく彼女が、咲太の話していた『ラプラスの小悪魔ちゃん』であろうと。
「確かにそのうち来るかもね。そういえば私に話があるって言ってた気がするから」
身振りで〝中で待ってれば?〟と
「お、お邪魔します」
朋絵は少し
中に入るなり、理央は慣れた様子で水を入れたビーカーをアルコールランプの火にかけた。その後も黙々と実験の準備に取り掛かっている。
朋絵は最初こそ落ち着かずそわそわしていたが、程なくしてスマホを
静寂が訪れた。が、どちらも好き勝手に過ごしているため、空気に重苦しさは無い。
やがてビーカーの水がぶくぶくと沸騰しはじめる頃になっても、待ち人である咲太は現れなかった。
「遅いね、梓川」
「も~、スマホも持ってない原始人はこれだからぁ」
「原始人とは言い得て妙だね」
それは以前に咲太の口からも聞いたことがあった。しかし本人による言葉だとまた
理央はビーカーで沸かしたお湯を、マグカップとで丁度半分づつになるように注ぐ。そして双方にインスタントコーヒーの粉を投入する。その後ほんの少し悩んだ様子だったが、結局ビーカーの方を朋絵へと差し出した。
「あ、ありがとうございます……えと」
朋絵は不安げな上目遣いで言い
「双葉。双葉理央」
察して、理央は短く名乗る。
「頂きます、双葉先輩」
ふーふーと息を吹きかけてから、恐る恐る口に運ぶ。
「に、
「あいにく砂糖は無い。我慢して」
咲太にならば、謎の白い粉が入ったこのボトルを平然と差し出すのだが、残念ながら今日の客はいつものブタ野郎ではない。元・小悪魔ではあっても、今はただの人間の少女だろう。人体実験してしまうのはさすがの理央でも気が引けた。
朋絵はせっかく出して貰ったのだからと、度々「にがかぁ……」と渋い顔をしながら律儀にも飲み続けている。
「あの……双葉先輩って、梓川先輩とはどういう関係ですか?」
「友達かな」
少し前までの理央ならば、ここまでの即答はしなかっただろう。そもそも『友達』という単語すら出てきたかも怪しい。
「私も友達……あ、親友になってあげてる仲です」
「梓川からは、尻を蹴り合った仲だと聞いてるよ」
「もっ、も~、あの人はー! ばりむかー!」
頰を膨らませるが、その表情は怒りよりも照れの色が強いように見えた。
そして『なってあげてる』――それは〝上から目線〟でもあるが、どこか〝諦め〟や〝妥協〟の台詞にも聞こえた。
本当は別の関係になりたかったのかもしれない。しかし相手には心に決めた人がいた。ならば自分は長く友達として共にいる。そう前向きな気持ちで選んだのかもしれない。
――この後輩の子も
途端、理央には朋絵の姿が自分と重なって見えた。
友達に対して、持ってはいけない想いを持ってしまった。友達でいるためには、邪魔でしかない感情を抱いてしまった。
寂しいことが、孤独になることが恐ろしくて――思春期症候群を発症した者同士だった。
「似ているのかもね、私たち」
そう言って
「なしてぇ?」
その問いには答えず、意味深な柔らかい笑みを浮かべる。
朋絵には訳が分からない。一体どこが似ているのだろうと、必死に互いの容姿を見比べ始めた。
そうして目の当たりにしてしまった、理央の知的で大人っぽい顔立ち。自分とは似ても似つかない魅力的な体つき。完全に打ちひしがれ、がっくりと
「……いっちょんわからん」
理央はわずかに目を見張った。朋絵がその言語の出所だったのかと。
そして、らしくもない
「――『そげなこともわからんとね?』」
聞いた朋絵は、ばっと顔を上げて目を輝かせた。
「ふ、双葉先輩、すごかぁ……! アクセントまでバッチリです!」
「
二人は打ち解けた様子で笑い合った。朋絵は
「双葉先輩。時々こうして、お話してくれませんか?」
「別に構わないよ。ただ、話題は限られそうだけど」
その認識は二人とも大体一致していた。共通の友人である、咲太に関することが大半を占めるだろう。
「それがいいんです。あの変態原始人の
「確かに事欠かないね」
「だったら、存分に語るとしよう。梓川が
◇ ◇
物理実験室の外で、聞き耳を立てている人物がいた。
決して好きでそうしていたわけではない。ドアをノックしようとしたら、中から話し声が聞こえてきたのだ。最初は
ずいぶんと異質な組み合わせだなと首を
突然、朋絵の笑い声が響いた。それに混じって、微かにだが理央が笑う声もした。それだけでも十二分に動揺してしまうというのに、極め付きに聞こえてきた『ブタ野郎』という単語。
それは理央が咲太につけた
「なんだこりゃ」
魔女と小悪魔のお茶会 紺野咲良 @sakura_lily
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