(こっち向いて、柊君っ!)

夕凪 春

松宮楓は彼をロック・オン!


-1- 楓の恋心


「あ、柊君!」

「……どうも」

「えっと、昨日やってたテレビで面白いのがあったんだけどね!柊君は見た?」

「……悪い、俺テレビとか見ないから」

「そ、そっかあ……。じゃあ、それ以外で興味あるものってどういうの?」

「小説読んだりとかかな」

「小説かぁ……そうなんだぁ」


今目の前にいる男の子は柊翔太ひいらぎしょうた君。

私こと松宮楓まつみやかえでの想い人……って言うのかな?とにかく気になっている人なんだ。

何を考えてるかわからない、無口でミステリアスなところとか、常に俺に近寄るなオーラを出しているところとかにすごく惹かれる。

あとは背が高くて手足が長くて睫毛も長くて……というのはおいといて。

そんな彼を私は気がつくと目で追っていたりする。ふとした瞬間に目が合うと思わず視線をそらしてしまう。

多分……だけどこれは恋なのだと思う。

友達はみんな口を揃えて「そいつだけはやめとけ」と言う。でもこういうのって、きっと理屈じゃないと思うんだ。


彼と私の今の関係を簡単に言うと、『同じ部活の人』かな。

もともとクラスは別々だし接点という接点はほとんどなかった。

そうそう、部活っていうのは文芸部ね。

私はイラストとかを描くのが得意というか、まあ好きな方で。

あとはそれなりにゆるく活動してるところが良かったからここにした。

彼は彼で「本を落ち着いて読めればどこでも良かった」らしい。

でね、学校の規則でどこか部活には入らないといけないから、とりあえずここでいいや、ってことみたい。

こうして私達は同じ文芸部員として出会って、今にいたるって感じになるのかな。


柊君との問題が一つだけあるとしたら会話が長続きしないことかな。

どうも話を振ってもすぐに会話を切られてるような……。これって結構致命的な気がするんだよね。

もしかして私、ウザがられてる?嫌われてる?


「……俺と話しててもつまらないでしょ」

「えっ、そんなことないよ!」


やば、びっくりして急に大きな声がでちゃった。

ちょっと大げさすぎたかな?いやでも、これは本心だし。

……そりゃあ、もうちょっとだけ話を広げて欲しいとは思うけど。

でもそれを今望むのは贅沢すぎるかな。だって、そもそも私達は友達ですらない。

だからね、もっともっと仲良くならなくちゃと思う。



-2- 我に秘策あり!


私は一つ、ある決まりごとを作ることにした。

当然、仲良くなる為の努力は惜しまない。でもその決まりごととは別の話。

それは名づけて『柊君好き好き作戦!』

別にふざけてなんていないよ。私はいたって真面目なんだから。


表情を作ってごまかしても、態度を見ればとわかることがあると思う。

私の好きという気持ちを、これはすぐには言えないものだけれど、まずは内に込めて接していきたい。

つまりどういうことかと言うと……。



「松宮さんはまた文芸部かな?」

「そうだよ!じゃあみんな、またね!」


「楓さ、なんかすっごく嬉しそうじゃなかった?」

「あぁあの子、朝からあんな感じだったよ。一人で頑張るぞ頑張るぞ言ってた」

「ってことは!カエちゃん、もしかして告るんじゃない!?」

「え、でも……松宮さんが好きな人って……」


授業の終わりを告げるベルが鳴る。

私は友達に別れの挨拶をするとダッシュで部室へと向かった。


「こら、松宮!廊下を走るな!」

「ご、ごめんなさい!」


気持ち勢い良く扉を開ける。

生徒指導の山内先生に怒られながらも、私は文芸部の部室へとたどりついたのだった。

そしていつもの机、柊君が座る席の正面へと向かう。


「柊君こんにちは!」

「……あ、どうも」


彼は私をちらっと見ると軽く頭を下げる。そしていつものように視線を本へと落とした。

これは彼なりの挨拶。初めて見た時は本当にびっくりしたけど、これが彼にとっての普通であるみたい。


(柊君は今日も凛々しいね。私はそんな君のことを、いつも気にかけているよ)

「……何?どうかした?」

「あ、ううん!なんでもないよ」


どうやら彼の事を見つめすぎてしまっていたみたい。失敗失敗。

あれ……よく見てみると柊君……。


(あ、寝グセついたままだよ!寝坊したのかな?君って意外とおちゃめさんなのかな?)


咳払いを一つすると、彼は急に立ち上がった。


「あれ?柊君、どうかした?」

「……いや、トイレ」

「はい、行ってらっしゃい」


柊君はまた同じように席について読書を再開する。

私もじっと見ているのも変だし、頼まれていたイラストを仕上げ始める。

意外とこれが周りからは評判が良くて、文集などの挿絵にとお願いされることが多いんだよ。

どこがいいのか聞いた事があるんだけれど、「可愛いだけじゃなくて、ちょっとシュール入ってるところがいい」らしい。

いや、私自身はシュールさとかを出してるつもりはないんだけどね……?


「……その歌」

「……へっ?あ!うるさかった!?」


私は知らない間に鼻歌が出ていたみたい。集中しだすといつもこうなってしまう。

それがもとで何度注意を受けたことか。


「違う。……それ、好きなんだ」

「おぉ……!これいいよね!そういえば、このアーティストのデビュー曲ってさ……」


まさかの共通点を発見。そして何と、今度ライブのDVDを貸してくれる事になった!

今はこの鼻歌に感謝しなくてはね。

うん。思い過ごしかもしれないけど、なんだか少しだけ距離が縮まった気がする。



-3- 『思春期症候群』


「思春期症候群?なにそれ?病気?」

「何かねぇ、今そういう噂が色んなところで流れててさ」

「あー、それ聞いたことあるよ!不思議な事が起こるみたい?」

「でも、噂なんでしょう?それって嘘とかも絶対入ってそうだよね」

「たしかにね。だから噂止まりなんだと思うけど」


クラスでは、というか学校では今そういう噂話で持ちきりみたい。

それにしても思春期症候群って、いかにもあやしい名前だと私は思うな。

でも事実はどうあれ信じちゃう人って意外といるんじゃないかな。

こういう嘘っぽい話って、特に実害がないから多分許されるものだとも思うし。


「……どうも」

「……うっす」


ついつい柊君の挨拶を真似てみた。どうやら、私のキャラではこういうクール系は合ってない事が判明した。それどころか、彼が言うはずだった「どうも」を奪ってしまう結果になってしまった。


(どうもを先に言っちゃって、ごめんなさい!格好いいから真似してみたかったの!でもこれは今日だけにするから許してね)

「……ま、松宮?これ、この間言ってた……」

「わぁ、ライブのやつだ!ありがとう柊君!」


あれ今、私って名前で呼ばれた?……何これ、ただそれだけの事なのに嬉しい。

いつもだったら、あの、とかちょっと、とか呼ばれてなかったっけ。

これはすごい進歩をとげたと言ってもいいんじゃないかな。

そうだ、この流れなら……。


「柊君、ちょっといい?」

「……何かあった?」

「えっと。今学校で『思春期症候群』って言う噂話が流行ってるのね。知ってる?」

「……ごめん、知らない」

「そ、そっかぁ……」

(ここで負けてちゃダメだ。もっと柊君とお話がしたい!)

「そ、それがね、噂話なんだけど結構面白そうなんだよ?」

「……どんな風に?」

「さっき聞いた話だとね……」


表情からはかなりわかりにくいけど、柊君はこういうお話が好きみたいだった。

謎とか、それこそ噂話とか不思議なものが出てくる小説を普段からよく読んでいるみたい。

だからね、それなりに好奇心をくすぐられたのかもしれない。


「どう?興味ある?」

「ある」

「そうなんだ!」

「……この噂の出所を知りたいくらいには」

「んん?」

「これは調査してみる必要がある」

「柊君。ちょ、調査って!?」

「この謎を追求するってこと」


何だろう。柊君に眠る新しい扉をこじ開けてしまったような、そんな気がしている。

これがいい事なのかそうでないのかは、今はわからない。けれど私もちゃんと最後まで付き合うよ。


(私としては柊君が普段何を考えているのかが知りたいな。もう少し近くに行ってもいいのかな?)

「じゃあ、私も手伝わせてね!具体的にはどんな事をすればいいの?」

「……インターネットやSNS上での動きは俺が追う。

 松宮には、これ思春期症候群に関して学校内や外部での聞き込みをして欲しい」

「なるほど、聞き込みね!何だか探偵になったみたい!じゃあ、柊君はワトソン君ね!」

「それは俺にはできない分野だから。……頼りにしてるよ、名探偵さん」


気のせいじゃないよね?柊君が今、少しだけ笑ったような……!?


(もっと笑えばいいのに!笑顔だって素敵なんだから、皆にも見せてあげればいいんだよ。あ、でも私だけのものにしたいのもある!すごくすごく悩ましい!)



【思春期症候群】

それは「他人の心の声が聞こえた」「人格が入れ替わった」など

思春期の少年少女たちに起こると噂される、不思議な現象につけられた総称。

ただしあくまでも噂レベルの話であり、性質としてはいわゆる『都市伝説』というものに近しい。



数日後、部室にて。

「ネット上で拾えた情報はこれだけだ。……SNS上でも、単なる目立ちたがり以外には特に変わった動きはない」

「私の方も友達や先輩に協力してもらったんだけど、『あったかもしれないし、もしかすると夢だったかも』とか曖昧な証言しか得られなかったよ」

「……本当にただの噂なのかもしれないな」

「実際どうなんだろうね?……ふう、ちょっと疲れたね。お茶でも淹れるよ」


私は常備してあるティーセットを取り出すと、お湯を沸かそうとやかんに手をかける。


「……松宮」

「うん?何か新たな手がかりが?」

「……いや、そうじゃないんだ。もし、もしもの話だけど……」

「うん」

「思春期症候群のような不思議な力を持った人間が、身近にいたとしたらどう思う?」

「それって、他人の心の声が聞こえたり、人格が入れ替わったりってこと?」

「……そうなるな」

「うーん、そうだね」


水を張ったやかんを置いて、そのままガスコンロの火を強めると私はしばらく考える。

合間にちらちらと柊君の様子をうかがっていると、彼はじっと私の方を見つめていた。

その真剣な眼差しに、鼓動が段々と早くなっていくのを感じる。


「……例えば。気持ち悪いとか、怖いとか思わないか?そいつは普通じゃない人間なんだ」

「思うんだけど。普通じゃないって、そんなにいけないことなのかな?そもそも誰がそれを決めるんだろう?」

「それは……」

「私はね、そういう人がいたらお友達になりたいなって思うよ」

「……友達?」

「うん、友達。他の人とは違うものを持っていることで、その人はきっと辛い事も多く経験してるはずなんだよ。だから、私はその人の近くでお話を聞いてあげるの。もちろん楽しかったことも悲しかったことも全部!」

「……そうか」

「って、急に何言い出してるんだろう!?わ、私って変じゃないよね?」

「……ふふ、それはどうだろうな。多分だけど、松宮は変な奴なのかもしれない」

「……!へ、変って言っ……た人……が、変なんだよ……?」


それは本当に眩しい笑顔だった。

沸騰したやかんのお湯よりもきっと、私の顔は熱くなっていたんじゃないかな。



-4- 事実は噂話より奇なり?


「翔太君。あれ?帰ったんじゃなかったの?」

「……あぁ、ちょっと忘れ物があってさ」

「楓まだ?もう皆待ってるよ!」

「あ、うん!もうちょっとまってて!」

「……行かなくていいのか?」

「あ、うん。そ、そうだね……」


「……あのさ、松宮」

「……は、はいっ!」

「お前の気持ちはよくわかってるよ。ただ、ちょっとだけ騒がしい」

「……へ?んん?」

「お前の声、全部聞こえてたんだ」

「……えっ!?」

「………なんてな。何だよその顔。……じゃあまた明日な、楓」


「え、あれ?ま、まさかそれって……いやいやそんな!って今、下の名前で呼ばれたぁ!?」

「ちょっと楓、なに子供みたいにはしゃいでんの?ほーら、さっさと行くよ」


私の恋はきっと、今始まったばかり。

だから……私の方を向いていてね、柊君。

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(こっち向いて、柊君っ!) 夕凪 春 @luckyyu

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