掌編・ショートショート集『手のかかる娘』他
古都旅人
セツナイ系
早く髪あらいたいのにー
卒業旅行に、友人のユミと二人で海外に行くという話をしたら、すごい
「だめ、女二人で海外なんて!」
私が
「あんた、昔は飛行機乗りたくないって言ってたでしょう」
母が怒りながら言った。
どうだっけ? ああ、確かに幼いころそんなことも言っていたい気がする。でもどうしてだっけ。どうして怖かったか覚えていない。
いや、ともかくお金は払い込んでいる。スペイン旅行10日間。30万円はした。
しかしお母さんを止める手段もなかった。お母さんは昔から
仕方ないので表面上は、お母さんに従い、旅行の準備をして、スーツケースの荷物などはユミの家に置かせてもらった。パスポートも何とか探し当てた。お母さんの寝室のベッドの裏側。弟のエロ本の隠し場所と一緒……(私のBL本の隠し場所と同じ、血だ)。
でも、すぐには回収せず、旅行直前に回収して、私はユミと合流し、成田空港からシャルルドゴール空港へ十数時間のフライトへ! 直行便がなかったのでいったんフランス経由。不便だった。
「お母さん説得したの?」
とユミ。
「まさか、納得してないよ」
飛行機に揺られながら、私は既に、旅を楽しんでいた。ユミとおしゃべりし、ガイドブックに色めきだった。アルハンブラ
光が瞬く。機体が大きく揺れる。エマージェンシコール。スペイン語が飛び交う。英語の怒声。フランス語の悲鳴。日本語の
はずだった。光が差した。何だろうと思って光を
明るい部屋だった。しかし視界が
足が、足がすごく熱かった。なんだこれは――
「おねーちゃんだーれー?」
「は……?」
見れば黒髪の女の子が小さな椅子の上に座っている。全裸でだ。
「え、あ……?」
小さな女の子だ。3歳とか4歳とかそこらへんだろう。
そこは風呂場だった。しかも見覚えがある。ここは家の風呂場ではないか。
「おねーちゃんだーれー?」
女の子が私を見上げながら再び訊ねた。
「あ、え? 私は……私はかほよ」
「えー!」
名乗り出ると女の子は、驚きながら立ち上がる。その黒髪は長く、肩に掛かっている。
「わたしもーかほっていうんだよ! おねーちゃん、どこからきたの?」
「えっと……お空から」
とっさに答えた。信じられなかった。どうして私がそこに居るのだ。十数年も前の私が、死んだ私の目の前に……
「そうなんだー」
嬉しそうに女の子は
「あのねーおかあさんといっしょにはいっていたんだけど、おかあさん、でんわがかかってきたからいないのー」
「そ、そう」
「かみを、はやくあらいたいのにー」
そう言って女の子は、視線を上へと向ける。視線の先にはシャンプーが置いてあった。なるほどこの身長では届かないか。
私は風呂の中に突っ込んでいた足を、動かした。シャンプーを取り、手になじませる。
「座って」
女の子は嬉しそうに、素直に従った。
私は女の子の髪の毛の中に手を突っ込んだ。シャンプーの安っぽい匂いが鼻に漂う。髪の毛は柔らかかった。
私は酷く冷静だった。
これは滑稽な光景だ。十数年前の私の髪の毛を、十数年後の私が洗っているなんて……
「かほちゃん、何歳?」
「よん!」
幼き日の私は、元気よく答えた。シャンプーを洗い流した私は居てもたってもいられず、口を開いた。
「かほちゃん! 飛行機だけは乗っちゃ駄目だよ!」
「え?」
「いい、あなたは、18年後、飛行機に乗って死ぬ。スペイン旅行。絶対に行っちゃだめ、お母さんにも伝えて、
足音が近づいてきた。
過去の母親がもうすぐこちらへと戻ってくるのだろう。
どうすればいいのだろう。今母親に会ったところで何も言うことがない。泣いてしまうかもしれない。
透明のプラスチックのドアの向こう側に、黒に近い肌色のシルエットが見える。
母親がそこに立っている。薄いドアを
会ってはいけない気がした。私は消えよう、そう強く念じる。
「あのねーおかあさん」
かほちゃんが私を見ながら母親に話しかけていた。
「なあに、かほー?」
ドアが開く。
と同時に、私は消える。絶対に母親と会ってはいけない。会ったところで何も変わらないのだから。私が最後に感じたのはシャンプーの安っぽい残り香だった。
※「てのかかる娘」と話が少しリンクしています。
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