シュール系

画一的スーツ万歳! 神様はお金を寄こすこと!

 四月一日。春である。差し込む光は温かい。

 オレを祝福しているようだ。

 どうせ祝福してくれるなら、神様はオレにお金を寄こすべきだ。

 それはそうと明日は入学式だ。F大学という、図体ばっかりでかいチンケな大学の入学式だ。まあチンケな大学だろうと、素晴らしい大学だろうと、大学にいけるのだからオレには文句はなかった。

 文句があるとすれば弟についてだ。

 ああ弟だけじゃないさ、母も大問題だ。

 まずは弟。My bortherよ。何ゆえあなたは人間ではない?

 弟は人間ではなかった。既に声帯をしっしたようで、会話する事がままならなくなっている。

 正直に言って弟が何であるか形容しがたく、解らない。顔はただれていて口も目も鼻も耳もない。

 ちなみに3月25日で10歳の誕生日を迎えた愛しの弟は、今では身長2メートルを超える巨漢となっている。人ではないので『おとこ』とは言わないか。

 白かった肌は黄色いそれへと変色し、髪はすべて抜け落ちていた。

 人間だった弟が最後にオレに告げた言葉は、

「お金ないからひゃくえんちょうだい」

 だった。それが3月31日の出来事。オレはその弟の愛くるしい様子に胸を打たれて100円玉といわず、500円玉を与えた。だってかわいいんだもん。

 そして次の日、明日は入学式かー、かったるいなー、とか思いながら目を覚ますと、


Guwaaaaa!


 声とも聞き分けられない爆音が響き、そしてオレの視界には化け物と成り果てた弟が居たわけですよ。酷いと思いませんか?

 さて、オレはそのとき当然それを弟と認識できなかった。

 肌の色が明らかに人間のそれではない。そもそも弟の身長147センチだったんだぜ。どうやってあの2メートルを超すような大きなモノを弟って認識するんだい?

「あらこうりょう起きてたの? 朝食できてるわよ」

 ところがオレの母上は何事もなかったかのようにそうおっしゃられました。何の冗談? お母様? あれがりょうだって?

 ちなみにオレは晃と書いて「こう」と読み、弟は亮と書いて「りょう」と読む。ぶっちゃけどっちも「あきら」って読めるんだよね。お父様とお母様の遊び心を感じます。

 まあそれはそうと。

 あの可愛い可愛いりょう君がこの化け物って言うんですか? 

「なにそれ……」

 化け物は嬉しそうに首を縦に振る。

 まてまてまて。テメェ、耳がねぇだろう。なあ、ないよな?

 のっぺらぼうをケロイド状にした感じのやっこさんは、なおも頷く。まるで自分の存在を主張しているかのよう。

「お前、りょう、なのか……?」

 りょうはやっぱり頷きやがった。耳どこだ?

 とまあ、そんなわけで食卓にはオレと母と化け物りょうと父が座っている。

 父はまともな神経をしているようで、座りながら気絶をしております。はい役に立たないお人だ事。でもちょっと安心した。親父は普通だ。

「いただきます」

 母の一声で朝食が始まる。オレは半熟の目玉焼きにソースをかけて白ご飯と一緒に食べ始める。まあ、腹が減っては戦はできぬ、と言うしな。

 ――あ?

 そこで許せぬ事態が起こった。

 それは、あってはならない。

 りょうはぼとぼとと、目玉焼きにしょう油をかけ始めたのだ。テメェ絶対りょうじゃねぇだろ。りょうはオレと同じでソース派なんだよ!

 お前は誰なんだ? 化け物さん? 本当にりょうなのか?

 


 真実とはいつも残酷なものだ。そして神はこのオレにお金を与えるべきだ。

 オレは白いシャツに袖を通していた。

 朝の6時だ。今日は4月2日。F大学の入学式だ。そろそろ家をでなければならない。

 ネクタイを締めながら昨日のことを思い返す。

「実はね……橋の下から拾ってきたの」

 そう母は言った。なるほど。つまり故に人間じゃなかったわけだなりょうは。

 合点がいった、とまでは言わないが。そうにしても不可解な点が多すぎる。なぜ母親は平気であれを受けいれてるのだ?

 ともあれ少し安心した。あれはオレと血の繋がりはないんだな。

「ごめんねこう

「いやいや、いいよ。お母さん……オレは大丈夫だ。たとえりょうが本当の弟じゃなくても、十年一緒に過ごしたんだから」

「本当にごめん」

「いいって。それよりその事をりょうは知ってるのか?」

「ええ言ってあるわ」

「そうか……そんなそぶりも見せず、りょうは強い奴だな。もしオレが実の母親じゃないの、お前は橋の下の子供だよ、なんて言われたら落ち込むぜ」

「え?」

 母親は驚きの表情でオレを見つめた。まるでオレの言っている事が理解できてないみたいに。

「え? ってなんだよ?」

「いや、何を聞いていたのアナタは……」

「は? 何って、だからりょうは橋の下から拾ってきたんだろう?」

 母は沈黙した。いやいやいや、だってあなたそう言ったじゃん? 違うのかー? 何が違う? オレの耳が遠いの?

 それとも、何か思い違いでも。

 って、あれ?

 ちょっとまて。まさか。

 それはありえない。それだけはない。いや、そんな。

「お母さん。まさか、橋の下に捨てられてた子供って……オレ?」

「そうだよ」

 満面の笑みがオレを温かく迎えた。

 シャレになっていない。

 つまるところ母親も化け物なのか? だってりょうと母は血の繋がりがあるんだろう?

 では父は?

 そういえば昔見た映画を思い出す。

 人間に擬態したエイリアンが、人間の男との間に子供をつくる話だ。

 エイリアンは美人に化けやがって簡単に男を捕まえた。

 しかも気色悪い事に、やり終えてすぐに子供が生まれやがったのだ。子供ができたとはしゃぐ女のエイリアン。男は、やってすぐに、できるわけないだろうと半信半疑で女の腹に近づいた瞬間。腹は裂けそこからエイリアンが飛び出て男は殺されちまう。

 つーか、他の生物同士って子供できるわけ? SFとかファンタジーとかではしょっちゅう見る気がするけど、無理だろう。

 とそれはさておいて。つまり母親は化け物。では父は何だ?

 母に騙された人間?



 電車の時間に間に合うように家を出た。

 父の姿は見当たらなかった。母に聞いたところ、仕事に行ったのだ、と答えた。

 それは嘘だ。今日は父は仕事が休みのはずなのだ。嘘をつくならもっと解りにくい嘘をつけ。

 弟は相変わらず化け物のままだった。オレの言葉を理解しているようであったが、喋る事は無理だった。

「声帯がないのか?」

 弟は頷いた。まてまてまて。あんた10歳だろう。声帯が何なのか解るのか。オレもよく知らないつーの。

 オレはすべてを諦めた。

 そういうものだ。

 オレは明日には死んでいるかもしれない。父みたいにこの世から居なくなるかも。

 ところで、今日は入学式だ。電車の中はスーツを着た若者の姿で溢れている。かくいうオレもその一人だ。

 あーあー。なんでスーツなんだろう。別にスーツじゃなくてもいいじゃん。とか思った。どこもかしこもスーツだらけ。

 ひとりくらいターバンをグルグルまいて白いひげをたくわえて、袈裟けさのようなものを着ていてもいいじゃない。

 シンド・バットみたくさ。

 とか考えたが即座に否定した。

 だってそれは母親とか弟とかを容認する事になるじゃん。

 オレらはスーツでいいのだ。

 みんな紺一色のそれで身を纏ってさ、

 そうやって一緒に画一的に。

 その中に、アラブの正装が混じる余地がないように、人間の中にエイリアンや化け物が混じる余地はないのさ。

 うん。そういうわけ。だからスーツっていい。

 とりあえず神様。絶望しているオレに5000万円くらいくれませんか? 入学式が終わったら海外へ逃げたいので。まだ死にたくないんで。オレ若いよまだ、うん。

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掌編・ショートショート集『手のかかる娘』他 古都旅人 @dthese

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