傘の墓標
熱い日差しは今にも肌を焼き尽くさんばかりだった。相方はそう言う。
黒色の傘を広げ気だるそうに地べたに座り込む。
「もう水ないよ」
「知ってるわよ」
相方は
「あんたはいいわねー熱くないんでしょう?」
なるほど確かに熱くはない。ただそれだけの理由で『いい』と言うのはどうだろうか、と思った。
「あーあぢぃーこのまま死んじゃうんじゃない? わたし」
「そうかもね」
真実だった。その可能性は否定できない。2096年8月。慢性的に水不足に陥っていた日本は、すでに
2ヶ月間雨が降らず、日本全土は
死者多数に上り地上で暮らす人々は、その暮らしを諦めざるを得なかった。
「うー傘も役立たずだよー水ー……」
「ないんだってば」
「知ってるよ!」
彼女も地上で暮らすひとりだ。人類は今現在地下に移住しており、地上に残った人間は少なかった。
「おぶろうか?」
たずねるが返事がない。
「死んだ?」
「なわけあるか」
彼女はぐったりとしていた。熱中症なのかもしれない。
「ほら、おぶるよ」
強引に彼女を背負う。
「直射日光避けなきゃ、だめだよ」
彼女の手から落ちた日傘を渡す。弱弱しい握力で彼女は彼女はそれを握る。
「わたし死ぬのかなー」
「そうかもね」
それが彼女の欲している返事ではないと解っていても、そう言う他なかった。
「でもさーしょうがないじゃん。どうせ家の中に居ても雨降らないんだしさ。どのみち、いつか死んじゃうよ」
「それも知っている」
「そっかーそうだよねーあんたは死なないからいいわよねー」
それはどうだろう。死ぬ事はない『かもしれない』が、壊れる事は確実にある。それに死なない事が『いい』とは決して言い切れない。
「夏なんか来なきゃいいのに」
彼女は言う。
そのようには思わなかったので、何も返事をしなかった。
それから彼女を背負い二時間ほど歩いた。目的地はなかった。目的もなかった。彼女は死んだ。
■
彼女と出会ったのは2ヶ月前だった。
「あれ珍しいね人間が居るなんて」
その時既にほとんどの人類が地下シェルターに移っていた。
我々のように人間ではないヒューマノイドだけが取り残されていた。
あとは人口の設備や家だ。高く積み上げられたビルディングが目的を失いながら、ただ
人工物の我々に存在価値はない。使用者が居ない設備などただのオブジェだ。干渉する人間さえも居ないのだから、その概念すらなくなる。くずとさえも、役立たずとさえも言えなくなるのだ。
全部が全部地下へと消えてしまったわけではない。
たとえば彼女のような者も存在する。何らかの理由で地下へといけなかった者。いかなかった者。
「悪いかい、ロボットさん?」
「いいえ、まったく人間に非はないです」
彼女は笑った。
彼女のような存在は我々の存在価値に繋がる。
だから我々は彼女にその機能を捧げた。
かつて与えられた機能と目的を彼女に対して果たし続けようと試みた。
■
それも終わってしまった。地上にはいくつもの死体が確認された。
彼女もまた死んだ。結局人類は地下に逃れる以外術を知らないのだ。そして彼女はその術を持っていなかった。両親に捨てられたのだと、彼女は言っていた。
だから、役目を果てた。
我々は、もう価値を成さない。
その事については何の感傷も浮かばない。そもそも我々はそのようには出来ていない。
ただ
彼女の死体を地面の上に横たえる。
彼女は日差しを嫌っていたので、黒い日傘を広げ
彼女が死んでなお、その黒い日傘は少しばかり、日を避ける役割を果たしている。それが少しだけ私には
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます