彼と私の都市伝説

一視信乃

Pinky Cookie Love

「えーっ! ここにも、ないーっ!」


 からになった棚を見て、わたしはなげきの声を上げた。


 某コンビニオリジナル菓子の、個包装8個入りクッキーのなかに、時々ピンクの包装のがあって、それを見つけた人は、好きな人と両想いになれる。


 そんなウワサが今、ウチの学校ガッコの女子の間で、大いに広まっていた。

 出所は不明だけど、本当ホントに両想いになったって子も何人かいて、ブームはますます加速し、この近くのコンビニでは、クッキーがすっかり品薄状態。

 入荷したと思ったら、すぐに売れてしまうとか。


「これで、この辺は全滅かぁ。くっそぉ、こーなったら、隣町まで──」

「はいはい。あたしゃ、もー帰るから、あとはひとりでガンバレ」

「そんなぁ」


 薄情な友と別れ、わたしはひとり、隣町へ。

 つっても、さすがに徒歩じゃキツいし、制服のままもよくないから、一旦家に帰って着替え、自転車チャリで回ることにした。

 スマホで場所を確認しながら、近いとこから行ってみようか。

 大丈夫、すぐに見つかるって。


 そんな風に思っていたのに、どこのお店も品切れだった。

 ひょっとしてあのウワサ、ウチの中学だけでなく、都内全域、いや全国規模で広まってるとか?

 このコンビニ、あとは、どこにあるだろ?

 スマホを手に取ると、16:53という字が目に入った。

 2学期に入ってから、日の入りはどんどん早くなり、午後6時を過ぎればもう真っ暗だ。

 しゃーない、今日のところは、あと1軒で終わりにしよう。


 目当てのお店に着くと、自転車を止めて鍵を外し、足早に店内へ。

 そのままお菓子コーナーへ向かうと、一ヶ所だけぽっかり空いた棚がっ。


 あーあっ、やっぱ、なかったかぁ。


 諦めて帰ろうとしたとき、棚の奥に何かがあるのに気付いた。


 んっ? コレは、ひょっとして……。


 ドキドキしながら取ろうとしたら、横から伸びた別の手がそれをかっさらっていく。


「ああっ!」


 思わず、声を上げ振り向くと、ウチと同じ制服姿の男子がいた。

 って、あれっ、この人っ、わたしが密かに憧れてる先輩じゃ……。

 見つめ過ぎたのか、「なに?」と声をかけられ、わたしは戸惑う。


「えっと、あの、そのっ……」

「ひょっとして、コレが欲しいのか?」


 先輩の手にあるのは、間違いなく、わたしが探してたお菓子だ。

 黙って頷くと、先輩はさらに問いを重ねてくる。


「お前アレ、信じてんの? 両想いになれるとかいうヤツ」

「えーっ! 先輩もっ?」


 ひょっとして先輩、好きな人がいるとか?


「違う違う。俺は、姉貴に頼まれたんだ……って、お前、どっかで見た顔だと思ったら、放送委員の1年じゃん」

「はい」


 ああっ、ちゃんと覚えてもらえてた。

 同じ委員でも班が違うから、話したこと一度しかないし、認知されてないかと思ってたのに。

 嬉しくて、涙出そうだ。


「ああっ、そんな泣きそうな目ぇしなくても、コレはお前に……って、ちゃんと買って帰んねーと、俺も姉貴に殺されるし……」


 困った顔で頭をかく先輩。


 違うんです。

 お菓子が買えなくて泣いてんじゃなくて、先輩に覚えててもらえたのが嬉しいだけです。


 そのセリフがいえたなら、あんなウワサに頼ってない。


「あっ、そうだっ、ちょっと待ってろ」


 いうが早いか先輩は、レジでとっとと会計を済ませ、入り口横のテーブルへ、わたしを手招く。

 ドキドキしながら隣に座ると、こちらを向いて先輩はいった。


「これって、1コずつ包んであるなかに、たまにピンクのヤツがあって、それ見っけたら両想いになれるんだろ?」

「はい」

「じゃ、今から確かめて見ようぜ。で、ピンクのあったら、お前にやる」

「えっ?」

「だって、必ず入ってるわけじゃねーんだろ? だったら姉貴には、気になって開けてみたら、入ってなかったっていやーいーんだし。探してて腹減ったから、1コ食ったっていやー、わかんねーって。あっ、これ、ふたりだけの秘密な」


 ふたりだけの秘密。

 その言葉が嬉しくて、わたしは小躍りしたくなった。


「ありがとうございますっ」

「いや、まだ、入ってっかわかんねーから」


 苦笑いしながら先輩は、外袋を豪快に開け、中身をテーブルにぶちまけた。

 「あっ」という声が、ふたりの口から同時に出る。

 白っぽい包装のクッキーのなか、一際目を引くピンク色。

 滅多に出ないその色が、まさか2つもあるなんて。


「スゲー。2コも入ってるなんて、ちょーラッキーじゃん」


 これでコンビニめぐりから解放されるとかいいながら、先輩はクッキーを袋に戻し、ピンクのを1つ、わたしにくれた。


「本当にいいんですか?」

「いいって。これで恋が叶うといいな」


 叶うか叶わないかは、あなた次第です。


 そのセリフがいえたなら、あんなウワサに頼ってない。

 でも、ここは少し、勇気を出して聞いてみようか。

 ピンクの袋を握りしめ、思い切って口を開いた。


「あのっ、先輩は、好きな人とかいないんですかっ?」

「あ? 特にいないけど?」


 よっしゃあっと、内心ガッツポーズをとりながら、わたしはさらに尋ねる。


「じゃあ、どんな子がタイプですかっ?」

「はぁっ、タイプぅ? いきなしそんなん聞かれてもなぁ……あっ、でも、お前みたく一生懸命なヤツっていいよなぁ。体育祭んときも機材の準備頑張ってたし、今日もお菓子探してこんな遠くのコンビニまで……って、別にそういうイミじゃねーからっ」


 先輩は頬を赤らめて立ち上がると、お菓子をカバンに押し込んだ。


「じゃあ、俺帰るからっ、お前も気を付けて帰れよ」

「あっ、はい。先輩も気を付けて」


 わたしも立ち上がり、先輩を見送ってから、再びぺたんと腰を下ろす。

 どうしよう。

 先輩とたくさんお話しちゃった。

 クッキーももらったし、しかも、わたしみたいな子がタイプって……。

 込み上げてくる笑いを、口を押さえてなんとかこらえる。

 周りに人はいないけど、外からは丸見えだし。


 それにしても、今日は本当にラッキーだったなぁ。

 これもみんな、あのウワサのお陰よね。

 両想いには程遠いけど、確実に一歩進んだ気はする。

 ここからどう進むかは、きっとわたしの努力次第。

 小さなきっかけを探しながら、少しずつあなたに近付いていこう。

 そう、まずは、これから。

 先輩がくれた袋を見つめ、わたしはかたく決意した。


 明日、先輩に会いに行こう。

 ちゃんとお礼をいうために。

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