曼珠沙華

達見ゆう

曼珠沙華には不吉な迷信がある

 部活を終えて外に出ると既に日は暮れていた。微かに残る太陽の金色は西の空に沈み、抵抗するかのように夜空を藍色にして薄めている。

 お盆を過ぎたら涼しくなるかと思ったが、まだまだ蒸し暑い。友人達はいつの間にか帰っていたのでバッグを抱えて帰り始めた。夕暮れは美しいが、逢魔が時とも言ってこの時間は異世界だかこの世ではない者に出逢うとも言う。この不思議なコントラストを見ると確かにそう思えてくる。


 しばらく歩いていて、近所の家の庭先に曼珠沙華が咲いていることに気づいた。咲くのはまだ先だと思っていたのに早いものだ。

 私はこの花が嫌いだ。これを見ると嫌な記憶が思い起こされる。早く通り過ぎようとした時、不意に後ろから声がした。

「曼珠沙華って、不吉な花と言って嫌われているよね」

 突然の声に驚いて振り帰ると同じ部活仲間の美華がいた。ポニーテールの赤いリボンと赤いスニーカーが暗闇の中でも映える。その色はまるで目の前に咲いている曼珠沙華のような赤だ。

「でも、根っこは毒だけど水にさらすと食べられるから、飢饉の非常食にするために不吉と言うことによって乱獲から守ったという説があるの」

「なんだ、美華か。びっくりさせないでよ」

「ふふ、なんだか熱心に花を見ていたから」

「うん、ちょっと嫌なことを思い出すから」

「嫌なこと?」

 美華が復唱するように聞いてきた。

「うん、さっき不吉な花とか言ってたでしょ。曼珠沙華の花を摘んで持ち帰ると火事になるとかさ。私、小さな頃にそれを聞いて嫌いな子のカバンにこっそり花を詰めたことあるの。いじめてくるからおうちが火事にでもなっちゃえって」

「そのいじめっ子を思い出すから嫌なの?」

 美華はきょとんとしたように尋ねてくる。

「ううん、本当にその子の家は火事になってしまったの」

 いつもならこんなことを話さないのに、何故か今日は話してしまう。誰かに聞いてもらいたかったのかな。

「近所だったから火事が見えたけど本当に激しく燃えてしまって……家族みんな焼け死んでしまったって。周りは原因不明の火事だと言ってたけれど、私は曼珠沙華を持ち帰らせたせいだと思うと怖くて誰にも言えなかった」

「ふうん……」

 あれ以来、曼珠沙華が苦手だ。自分の罪を見張られているようで、花が咲く時期はなるべく見ないようにしている。


「え?」

 美華の顔が般若のように変わっていく。そして咲いていた曼珠沙華の花が炎を上げて私に巻き付いてきた。逃げようにも金縛りにあったように動けない。

「あの夜、私のカバンから炎が上がっていた。叩き消そうとカバンをつかんだら曼珠沙華が炎をあげて出てきたのよ。でも、火の勢いは強くそのまま私は炎に包まれた……。ずっとここにいて犯人を捜していた」

 体中が熱い、それに燃えているためなのか酸素が足りなくて息ができない。薄れゆく意識の中で思い出した。そうだ、美華はあの中学にはいない。美華はあの時の火事で死んだ。

 そして、今見つめていた家は、元は美華の家だった。あの子はずっとここにいて復讐の機会を伺っていたのか。


 それから、その町には子供達を中心にある噂が駆け巡った。

「火事で死んだ女の子が、曼珠沙華の花と共に復讐を果たした」と。



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曼珠沙華 達見ゆう @tatsumi-12

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