都市伝説の会 ―私が聞いた話―

カクレナ

都市伝説の会 ―私が聞いた話―



 都市伝説の会を知っていますか――。

 そんな張り紙を目にしたのは、僕がいつものようにサークルの部室を訪れたときの事だった。

 昼頃の大学構内。雑然としたサークル棟。

 部室の扉の真ん中に、それはあった。


「何だこれ」


 疑問に思いながらも、部室内に入る。

 部室のソファにはいつからそこにいるのか、同じ学部の友人が寝ていた。ソイツに、やいあの張り紙は何だいと問うと「張り紙とは何のことだ」という返事。

 仕方なしに、奴を表に引っ張り出してほらこれだと突き付けた――が、見るとそこに張り紙など存在しなかった。


「あれ」

「……何も無いじゃないか」


 安眠を妨げられた友人は不機嫌気味に云う。


「いや、今、入る迄にはここに……」


 寝惚ねぼけて夢でも見たのだろうと欠伸あくびをしながらソファへ戻る友人に、寝惚けているのはお前ではないかと言い返そうとしたが、徒労を予感したので止めておいた。


 あの張り紙は僕の見間違いだったのか。

 では、都市伝説の会とは何か。この大学には大小決して少なくない数のサークルがあるが、そんな名前の団体は寡聞にして耳にしたことがない。


 午後の講義の後、他の友人知人の幾人かへ、張り紙を見ていないか、あるいは都市伝説の会について何か知らないかと訊いてみた。

 答えは芳しくなかった。

 しかしそのうちある知人が、その張り紙かどうかは分からないが、部室の前で何かを剥がしている学生を見たと云う。それはいつのことだと問うと、まさに自分が部室に入った時間帯と一致した。


 やはり、見間違いではなかった。

 ひとつの確信を得たものの、その日はそれ以上の成果はなかった。



 翌日。張り紙の主は、思いのほかすぐに見つかった。例日の如く部室におもむいたところ、サークルの後輩の女子の一人が、それは私ですと名乗り出たのだ。


 聞けば、昨日の午前中、彼女は第一限の講義の前に張り紙を設置した。しかし、正午過ぎ間もなくこっそり撤去した――それがたまたま、僕が部室に入ったタイミングと入れ違いになったという経緯らしい。


 真相を知ってしまえば何ということはない。それでは後輩が部室の前で作業を敢行している間、友人はずっと部屋の中にいたことになるが……何も気づかなかったのだろうか。そのことを問えば、


「寝ていたからな」


 さも当然の様に云う。

 つくづく適当な奴である。


 しかし後輩の彼女は何の意図があって、あの様な張り紙を出したのだろう。

 あるいは新手の部員勧誘か。

 いえ、そうではないんですと否定して、彼女は語り始めた。



 後輩が都市伝説の会の事をはじめて聞いたのは、一週間程前の事だったという。

 それは他大学に通う後輩の友人が投げた一言だった。


 ――ねえ、都市伝説の会って知ってる?


 知らないと後輩が答えると、友人はやや躊躇いがちに打ち明けた。


 友人はアルバイト先の先輩からとある相談を受けていた。相談の内容は、要約すると、自宅に怪しい手紙が届いていた、どうしたらよいかと、その様なものだった。ストーカーか、脅迫か、あるいは詐欺にでも遭ったのかと訊ねると、どれも違うと先輩は首を横に振った。先輩は声を潜めて云った。


 ――ねえ、都市伝説の会って知ってる?


 手紙にはただ、への入会を告げる旨だけが書かれていたと先輩は云う。

 その会の名が、

 手紙には会の目的も、主催者も、所在地も、入会した場合に何があるのかも記されてはいなかった。ただし、都市伝説の会の会員となった事実だけは誰にも知られてはならないとあった。


 ――どう思う?


 先輩に再度訊かれて、友人は質の悪い悪戯でしょうと答える事しか出来なかった。

 先輩もまたそうだよねと笑っていたので、お互い深刻には考えなかった。


 先輩がバイトを欠勤したのはその直後の事だった。

 彼女の欠勤はその後、数日に渡って続いた。


 ……先輩がバイトを辞めた旨を後輩の友人が知らされたのは、それから更に一週間半が過ぎてからであった。先輩とは少なからず親交があった彼女だったが、以降、先輩とは電話もメールも途絶え、そのまま音信不通となってしまった。


 結局、先輩が突然バイトを辞めた理由が何だったのか、謎の手紙と何か関係があるのか、本人がいなくなった今となっては分からなくなってしまったという。



「気になるじゃないですか」


 話し終えて、後輩は云った。


「それで情報を集めようと、あんな張り紙を?」

「はい。……でも、いざ貼り出してみると、何だか恥ずかしくなってしまって……誰かに見られる前にと、すぐに剥がしてしまったんですよね」


 午前中からこのサークル棟を行き来する学生は少ない。

 撤去直前のそれを、たまたま僕が見てしまったという顛末だったのだ。


 都市伝説の会――後輩が云う様に、気になる話ではある。

 だが、又聞きである以上、こちらからは如何いかんともし難い様に思う。

 その日はそれで終わった。



 しかし。

 重ねてその翌日の事である。


「昨日言っていた都市伝説の会って張り紙さ、私も見たよ」


 その様に云う者が現れた。

 それは同じ講義を取っている女子学生だった。

 いつ、どこで見たのかと訊ねると、


「ええと、昨日の夕方。場所は、んー、どこだったかな、大学構内の掲示板のどれかだったと思ったけど」


 そんな筈はない。

 張り紙は出した当人に拠って既に剥がされている。

 だが、彼女は確かに見たのだと証言した。

 一応、後輩にあの後また張り紙を出したかどうか確認したが、


「いえ、アレきりですよ」


 との答えだった。

 はて。

 では、彼女以外にも同じ様な張り紙を出している人物がいるという事か。

 その日は話に聞いた張り紙を見かけることもなく帰途に就いた。


 大学近くのアパートに帰ると、ポストに一通の封筒が投函されていた。

 長細い茶封筒だ。差出人の名はなかった。

 しかし裏返せば、宛て名は僕となっている。

 何だろうと開封する。

 中にはただ一枚、三つ折りの紙が入っていた。


 前略 おめでとうございます。あなたは当会への入会が認められました。これはとても名誉なことです。このことは他の誰にも話してはいけません。では、素晴らしい日々を。  都市伝説の会


 僕は後輩の話を思い出す。

 謎の手紙。

 失踪したバイト先の先輩。

 鼓動が速くなる。

 玄関の扉越しに、誰かの気配を感じた気がした――。





 私が聞いた話はここまでです。
























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