エピローグ(六)
時計塔の鐘を合図にドゥリトル山腹では、航路標識灯が燈された。
それへ習うかのよう王都中央通りの街灯も続く。
治安維持を期待して実験的に設置した街灯なのだけれど、いまだ皆は度肝を抜かれてるらしい。
まあ灯台と同じくカーバイト・ランプだから、圧倒的な明るさだ。皆が吃驚するのも当然か。
ただ、僕のいる場所からだと人々の声が聞こえないのはもちろん、その姿だって豆粒ほどだったし、なにもかもを想像で補うしかない。
それでも、この距離から――王城裏手の、半ばドゥリトル山腹ともいえる高台から、街灯に照らされた街を眺めるのが好きだった。
まだ両手で数えられる程しか街灯は建てられてなく、その版図も細やかだけれど――
僕の築きたかったものを象徴しているようだったから。
淡い達成感に包まれていた僕を、ふくよかな珈琲の香りが呼び戻す。
薬缶の珈琲を火鉢で煮詰める香りは、もう暴力的ですら!
が、まだ早い。このまま沸騰寸前に維持し続けねば!
逸る心を抑えながら氷室箱――たくさんの氷を詰めた箱を開ける。
……カチカチだ! 中にはカチカチに冷えた
沸騰寸前の珈琲を、氷点下以下で保管した
おお、これこそ
いまだ熱い珈琲と、少しだけ溶けつつも冷たいままの
この混然一体となった複雑な妙味を――
ひな鳥の如く口を開け、最初の一匙を強請るなんて!? な、なんたる暴君!?
「美味し! なに、これ義兄さん!?」
「……
惨めったらしく
「なんで帝国訛りなの? 帝国の料理なわけ?」
「……違う。あー……面倒だから、それは……うー……――」
「なら今日から、これは
例によって何となく察してくれて、名前の話はそれ迄となった。
「というかステラにも別のを分けてあげただろ! それで満足しろよ!」
「こっちのも一口欲しいの? なら、そういえば良いのに」
そう決めつけるなり僕の口へと匙で差し出す。
冷たくて甘く、柔らかくて美味い。今回のは成功したようだ。
「これは
「同じものなんだけどな。区別したければソフトクリームと呼べばいいよ。
原材料とアイスの中間物がソフトクリームで、前世史では温度調節によって中間状態を維持していた。
が、そんな繊細な器具は作れないので、今回のは文字通りに出来かけだ。卓上で最後の攪拌をし、いい感じのソフト感をだしている。
しかし、そもそもエステルにいわせれば、卓上での料理からにして不可思議か。
卓上で珈琲を注いだり、アイスを攪拌どころか――客前でのフランベですら、実は近世へ入ってからのことだ。
もう一から十まで奇妙なやり方と思えたことだろう。
しばし、静かに甘味を味わう。
……僕は不貞腐れ、エステルは呆れた感じに。
「ここは王妃達にも遠慮してもらっている、最期の隠れ家なんだぞ」
が、そんなことはエステルには御見通しで、だからこそ押し掛けてきたのだろう。……僕と内密な話をするべく。
「隠れて美味しいものを一人で食べてるとは思わなかったわ!」
「いいんだろ、これぐらい! どれもこれも大衆化の難しいものばかりなんだから!」
しかし、聞いてエステルは、疑わし気に肩を竦めるばかりだ。妙な意味で信用がない。
それに何時までも逃げ回ってはいられやしない。腹の括り時か。
「で、王太子殿下にあらせられては、なにを御考えなんだよ?」
「……怒らないでね、義兄さん? ノワールは多分……相手を……その……決定的に打ち倒してしまったら、もう遊んで貰えないって、ようやく気付けたのよ」
まさしく想定外だ。
そんなのは普通、もっと子供の頃に学習することだけど……友人どころか対等な者すら稀では、さすがに厳しいか。
「だけど決定的というのは……相手を弑するとかの意味だよな?」
渋々にエステルが肯く。
が、当然に嬉しくない! 玩具を壊してしまったら、もう遊べないとしか受け取れないからだ!
「で、これからはガリア連邦の一員として、互いを殺し合わない程度に
渇いた笑みでエステルは誤魔化そうとするけど、正直、ドン引きだよ!
「というか僕は、てっきりガリア統治の御志ありと考えていたのだけど?」
「それは義兄さんの見立て通り……
けれど、それよりもノワールには、御父様を討つのが優先だったみたい」
骨肉の争いという決断に、いまだエステルは納得できない様子だったけれど――
彼の王が『無能な働き者のラッキーマン』だったというオカルトな前提に立てば、王太子殿下は義の人とすらいえる。
なぜなら弑逆してまで父王を廃さねばならない理由は、それしかなかった。王位を継ぎたいだけなら、自ら手を汚す必要はない。
……もしかしたら殿下は後始末として、空位となるガリア統治を考えて?
「目的を果たしたノワールは、おそらく
今後を義兄さんに委ねていいものかと。義兄さん、義兄さんは――
なぜ剣を執ったの?」
それは真摯な問い掛けであったし……確かに僕も、振り掛かった火の粉を払っただけとは言い難い。完全に逸脱してしまっている。
「平和だよ、ステラ。僕は平和を顕現させたかったんだ。
もちろん恒久の平和だとか、世界全てを平和になんて考えてない。
僕に――人に維持できる精一杯な広さの国を、可能な限り長く平和に保つ――というか保てるよう次世代へと引き渡す。
それが僕の剣を執った理由だよ」
「……義兄さんなら千年王国の樹立くらい言ってくれると思ってた」
思っていた以上に義妹から期待されていたらしい。吃驚だ。
「さすがに死んだ後のことまでは請け合えないよ。まあ、必要なだけ
だけどね、ステラ? 千年も続かなかろうと、平和でしか育めないものがあるんだ。
平和で明日を疑わずに済む人たちから――
生まれた時から平和な子供たちへ引き継がれ――
さらに代を経て、平和が当たり前すぎて感謝の気持ちすら薄れる頃に――
やっと人は、少し礼儀正しく、そして少し優しくなれるんだ」
ガリア連邦は二、三百年ほど持つだろうし、持つようにしてみせる。
でも、その先は分からない。おそらく中世後期の戦乱へ巻き込まれてしまう。
しかし、だからといって
僕はそう思わない。
結局のところ世界とは人々のことで、それが少しでも良く変われば、意義もあるはずだ。
「……生まれて初めて、義兄さんの言っていることが理解できなかった。
でも、ノワールと話し合ったら面白そう。なんて言うかしら?」
やっぱりカタラウヌムで殿下の首を取っておくべきだったなぁ。
そのうちエステルは、王太子のところに嫁へとか言いだしかねなi――
「でも、義兄さん? 『平和』って? ガリアを神の国みたいにするの?」
迂闊にも『平和』の意味が全く違うのを忘れてしまっていた。
古来、平和とは宗教的指導者が語るような理想郷のことであり、人の手で顕現させるものではなかった。
「いや、違うんだ、ステラ。そんな大層なものじゃない。
ちょうど百年くらい前から『
ようするに初代皇帝から少しの間だけ――二百年かそこいらで途切れてしまった、ローマ限定かつ狭義な平和でしかないけど――
まぎれもなく人の手で達成されてる。平和を得るのに、神々の助力は必要ないんだ」
だが悲しいことにエステルは、首を捻るばかりだ。
もう平和という概念の理解すら許されない、混沌とした戦乱の時代ゆえか。
「だけど義兄さん、それって『目的』で……『理由』とは違わない?」
ポーカーフェイスを保てただろうか?
もちろん『理由』はある。というか『理由』が適切な『目的』を探してきたとすら。
それは感謝だ。
二度目の生と家族を与えてくれたこの世界に、僕は感謝を伝えたかった。
いまから築いていく平和――いわば
素晴らしい数々を与えてくれた世界が、ほんの少しだけでも良くなるように。
でも、恥ずかしくて、そんなこと口にできない!
「内緒だよ、まだステラには」
そう
<了>
――
これにてリュカの物語は終わりです!
中世初期に西欧の行く末を決めた『カタラウヌムの戦い』も終結し、私達の世界でいうところの『フランク王国の成立』や『メロヴィング朝の分裂』と歴史は進んでいきます。
が、それはまた別の話という。
ここまで御付き合いして頂いた読者の皆様、御愛読感謝です!
よろしかったら御感想や御評価、レビューを!
それでは『あとがき』か『次回作』にて、また御目に!
※ 『あとがき』は書けたら書きます。
中世ヨーロッパそっくりな世界で銀髪ショタに転生!? 色々疑問は尽きないけど幸運に感謝しつつ人生やり直し! でも、やっぱり昔は何かと不便だったりで……ちょっとだけ現代科学チートを使わざるを得ない!? curuss @curuss
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