第8話
針房への帰り道、明花はなぜかわらわらと群がる内侍にたちに囲まれて歩いていた。
ようやく花仙亭から解放されたのがつい先ほど。別れを告げて亭を出たとたん、外で待機していた彼らに囲まれての無言の行進である。
あんな話をしたあとだから、うしろ髪がひかれる思いがした。大丈夫だろうか。誰かに聞かれて捕縛なんてされたりしないだろうか。
同時に、朴尚宮についても不安があった。帰れないという言伝はしてくれたというが、怒っていないとは思えない。なにがあったのか説明を求められるにちがいなく、自分自身よくわかっておらず答えられない明花にさらに怒りを募らせるのは明白だった。
(まあこっちはしょうがないか。どのみち昨夜に鞭で打たれる予定だったんだし)
食事がとれただけよかったと思おう。くよくよするのは柄じゃない。
そう考えながら針房に戻った明花は、困惑に目を瞬いた。
てっきりいつものごとく鞭を手に仁王立ちで明花を迎えるとばかり思っていた朴尚宮が、とほうに暮れた様子でこちらを見、立ちつくしているのだ。
「ただ今もどりました、媽媽任。じつは昨夜――」
「いい。わざわざ言わずとも知っている」
額をおさえて首をふる、朴尚宮のその疲れ切った表情に戸惑いが深くなる。目の下のくまはもしかして寝不足なのだろうか。
「あの、まずかったですか……?」
「まずい? しらじらしいね! どうせ心の中じゃ勝ち誇って高笑いしてるんだろう!」
「え?」
しらじらしい? 勝ち誇る?
意味が分からずにいると、朴尚宮は背を向けて房に入ろうとする。
「媽媽任! 待ってください、門限の懲罰は」
「懲罰だって? しらじらしいにもほどがあるね! 鞭で打たせて、あとで倍にして返すつもりだね! なんて恐ろしい子だ!」
あ然とした。これはいったいどういうことなんだろう。
わけがわからないまま明花も仕事に取りかかったのだが、様子がおかしいのは内人たちもおなじだった。
いつもであればあれやこれやと明花に仕事を押しつけたり用事を言いつけたりと休む間もないのだが、なぜか明花を遠巻きにして近づいても来ない。目もそらされる。
「……ほんとうに私の仕事、これだけでいいんですか?」
念のため訊ねてみたが、みんなうつむいたままだ。
(うーん、もしかして私が戻らなかったせいで朴尚宮の腰を揉まされたりしたもんだから、ものすごく怒ってる? 私をみんなでさけてぼっちにする作戦?)
変に思いながら、明花はひとまず針仕事に打ち込んだ。
針は好きだ。
どんな絢爛豪華な衣装も一本の針から生み出される。針房や繍房の宮女たちが存在しなかったなら、王宮はどんなに精彩を失くすだろう。この指先が王宮に色彩を生みだしているのだと、そんな誇りを抱ける。
じつは本来、明花は針房ではなく王つきの至密に配属されるはずだった。父が官吏時代のつてを頼りそう手配したのだ。
ところが実際に入宮してみると、手ちがいがあったのか針房への配属となった。
正直はじめは戸惑ったけれど、今は針房でよかったと明花は思う。一本の針が美麗な衣装をつくり出すたび、まるで仙術のようだと感動する。やりがいのある仕事だ。
(――ん?)
すっかり仕事に夢中になっていた明花は、ふいに差した人影に顔を上げた。明花を囲むように内人たちが立っている。
「なにか? って、え、え、ちょっとなんで? わ、くすぐったいです!」
取り囲んでなにをされるのかと思えば、彼女たちがはじめたのは明花の採寸だった。
無言のまま全身をはかり、終わるとまた明花から離れていく。その間やはり視線すら合わせなかった。
(い、意味わからん!)
さすがに謎の空気が恐ろしくなってきたころ、それは起きた。
針房へ大王大妃付きの内侍が訪れ、とんでもないことを告げたのだ。
「李明花、
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