宮廷女官ミョンファ 太陽宮の影と運命の王妃

小野はるか/角川ビーンズ文庫

第1話

選ばれし吉日。

 漆黒のいらかがまばゆい太陽宮の正殿で、ついに十五代王が正妃を迎える嘉礼ぎしきが執り行われた。

 月廊に囲まれた薄石舗装うすいしほそうの広い前庭には文武百官が立ち並び、正殿安政殿をいただく二重の月台ぶたいでは花王舞うような華やかな宮中歌踊が披露されている。

「長く待たせたな」

 それらを見晴るかす御座で、大礼服に身を包んだ王が王妃となった女性に小さく詫びた。

「そう?」

 感慨深げな王とはちがい、王妃はきょとんと瞬いてから屈託なく笑った。

「怒涛の日々だったからそんなに待ったって感じはしないわね。なんかすっごく忙しかったなあって気はするけど」

「そうか。それはそれで、よかったと言うべきか苦難を歩ませて悪かったなと詫びるべきか迷うな。しかしおまえ、そろそろ言葉づかいなんとかしろよ。没落両班ヤンバンの娘」

「そっちこそでしょ、畑作王はたさくおう

「俺は時と場所をわきまえてる」

「あら、じゃあ私と一緒だわ」

 ふたりはおどけたように顔を見合わせてから、共犯者めいた笑みを浮かべる。

「――似合ってるぞ、その大礼服」

「褒められても浮かれようがないわ。身が引き締まる思いだもの……思いっていうか、いろんな意味で重い」

 短く息を吐いて、王妃は身を包んだ格式高い真紅の大礼服を見る。

 最高級の絹地の前後身ごろには、夫婦の和合を象徴する?キジがすべて金糸で刺繍されている。その数にして五十一。胸や背、肩にあるのはとよばれる円に描かれた刺繍。その豪華絢爛な金の意匠は五爪の龍だ。

 身分によって厳格に衣装が定められ差別化されている宮中で、これらはまさに従九品から正一品までの十八段階の品階すらも飛びぬけ、朝廷百官よりさらなる高みに立ったことを表す礼服でもあった。

「ちょっと前までは徹夜でこれを仕立てる宮女のひとりだったんだけどなあ」



 これはのちの世に十五代王朝祖、その正妃明曉王后氏とおくりなされるふたりの出会いの物語。

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