七変化

紅蛇

雨の感情は何だろう。

 今日も天井からは水滴が漏れてきて、あたりを湿らせていた。じわじわ居座っていた葉っぱに水が伝ってきて、足元は水浸し。灰色に染まった天井と、ぼく。紫色に染まった花が、透明な膜にコーティングされていた。なんだか、嬉しいな。今日もぼくは、うたを歌う。


「きのうもいい天気ー。きょうもいい天気ー。あしたはどんな天気ー?」


 何度か葉っぱの間を飛び越えては、のどを震わせる。すると、止まった葉の下に、大きなアラベスク模様の貝殻があった。悩み悩み、恐る恐る。近づいてみると、それはそよ風に揺れる笹の葉みたいに、震えていた。


「ぐすんぐすん、ぐすんぐすん」


 飽きずに輝く殻を見つめていると、ぬらり。中から、触覚のついた瞳が出てきた。なんだなんだ。のどを鳴らすのをやめ、一歩ずつ飛び跳ねてみると、天井からではなく、目元から涙があふれていた。


 辺りを見渡すと、足元の水たまりに反射する、ヒスイ色があった。葉に擬態できるよう、隠れて食べられないようなっている、ぼくの身体。意を決して、顔を上げて、声をかける。


「どうして、雨を降らしているんだい?」


 がらりとした声が、自分の声帯から漏れ出した。歌いすぎちゃったかな。自分で発した声に驚くと、相手は瞳を満月のように丸くして見せた。涙の蛇口が閉められ、笹の葉から、今度は石に。動かず、揺れず、停止。

 そうして風の精がぼくたちの間を踊り、聴き損ねそうになる小さな声がした。


「……誰?」

「ぼく? ただのかえるさ。素敵な模様の殻だったから、ついね」


 ぼくの言葉が理解できないのか、不審そうな顔をしている。葉と葉の隙間から溢れてきたのか、トルコ石に似た色の水滴が背中を伝った。


「それで、どうして泣いていたんだい?」

「……今日も雨が降っているから、悲しんでいたの」


 どこかの建物で聞こえたフルートの、高音。雪が溶け、春になる喜びに似た感情が、お腹の底から湧き上がった。


「そんなことで!」

「そんなことじゃない……私は悲しいの」


 雪解け水が川になるよう、彼女の柔らかな声がぼくを楽しませた。そうだ、ここに来る前に見た、ぼくの好きな光景を見せよう。あれほど素敵な景色は、今しか見れないから。


「ぼく、この季節が大好きなんだ! 君にも、雨の素敵なところを教えてあげる!」


 いぶかしそうな顔は無くならなかったけど、少しながら、好奇心が輝いたのが見えた。大きくうなづき、今から案内すると言ったら、彼女はぼく以上に大きく、同じ仕草をした。


 アラベスク模様がゆっくりと動き出し、彼女は歩んだ跡を残しながら、前へ進み出した。ぼくはまた嬉しくなり、雨に、彼女に、この季節をたたえる、うたを歌った。

 ぼくが飛び跳ねるよりも、彼女は何倍もの時間をかかった。ぼくの歌に微笑みながら、無事に目的地に到着した。一面に紫、青、紅色の花々。キラキラ輝く宝石箱みたいで、雨に覆われたおかげで、より一層、曇りの隙間から溢れ注ぐ陽の光にあたり、煌めいた。水滴が、水晶へ。彼女の表情も、花が咲いた。


「私、もう悲しくない」

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七変化 紅蛇 @sleep_kurenaii

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