🐈

 そのタマゴとの闘いの日々が始まる一週間前のことだった。夕方になって大学から帰ってきた兄に「タマゴ知らね?」と訊かれた悠希はリビングのソファーに寝転んだまま「縁側じゃない?」と返す。タマゴとは犬猿の仲、居場所等知らないが、唯一被っているお気に入りの場所だろうと悠希は思った。しかし、タマゴは縁側でなく、二階の和室の窓枠に座っていた。まるで地域一帯を見渡しているかのような目。そんなタマゴを兄と共にこっそりと覗き込む。すると、タマゴは気付いたのか、床に飛び降りるや否や二人に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。またすれ違いざまにやられる、と険しい表情を浮かべた悠希と、それを察したような顔をする兄。だが、タマゴは二人の間を通り抜けて、とんとん、と足音を立てながら一階へ下りていく。

「珍しいな、悠希が斬られなかった」

「そだね……いや、斬られたことはないよ?」と冷静にツッコミを入れたものの、軽く動揺する。その日を境に、タマゴの様子がおかしくなっていった。いつもは時間をかけてゆっくり食べる餌も、まるで時間が勿体ないとでも言わんばかりの速度で食べ終え、すぐさま二階の窓枠に座り込む。昼夜問わず、外界を見下ろすその瞳はどこか鋭くもあり、憂いを帯びているようにも見えた。元々が飼い猫だったかもわからない、拾われ猫だ。外界に何か思うところがあるのかもしれない。

 ここ数日の間に悠希への攻撃を一切することもなくなり、ついには無視されるようになったようで、悠希の足元をするりと抜けて行くタマゴに――悠希は少しばかり胸騒ぎを覚えた。そして、兄が引っ越しをする前日の夜に、その胸騒ぎは現実のものとなった。

「タマゴ知らね?」

 いつものように兄が訊いて来る。夜になって帰ってきて、餌を上げようとした兄は、タマゴの姿が例の窓枠にもないと言った。縁側にもいない。だったら、と思い付くような場所を兄と一緒に探して歩く。

「……タマゴ?」

 いくら探してもタマゴの姿は見付からない。トイレにも、お風呂場にも、屋根裏部屋にも、ソファーの下にもいない。例の和室、窓枠にも座っていない。他に探していない場所は、と考えながら二時間探し回って、わかった。この家の中に、タマゴはいない。

 タマゴが、いなくなった。


 

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