🐈


「人間だぁあああああああ!」

 一匹の猫が「敵襲だ!」のように叫び、大量の猫がまさに蜘蛛の子を散らすようにして散っていく。そんな中、悠希は瞬時に手を伸ばし、首根っこを掴む。死んでも離さん、と夜空に咆哮するようにして「タマゴ、ゲットぉ!」と叫ぶ。紛れもなく、タマゴだった。見紛うわけのないこの模様、この蔑むような目付き、ふてぶてしい態度。数多の傷をこの身に刻んできたタマゴ――

「痛いっ!?」

 襲撃。背後から他の猫が悠希に飛び掛かってくる。爪をたて、低い唸り声を上げて「ボスから手を離さんか!」「八つ裂きにしてやろうか! この人間め!」「誰の首根っこ引っ掴んでいるのかわかっているのか! このクソ女!」と、罵詈雑言を浴びせてくる。対抗する術もなく、一瞬だけ指先が緩みタマゴを逃がしてしまう。逃げられたら、また捜索活動の日々が――そう思った時だった。

「やめろ、野郎ども……そいつはぁ、知り合いだ」

 渋い。声がとにかく渋い。タマゴがそう言ってすぐ、悠希を襲っていた猫たちが離れて行く。そしてタマゴはその中の一匹に指示を出す。

「奴らに伝えてこい、一時間後に仕切り直しだとな……俺は、こいつと話がある」タマゴは付いて来るように顎をしゃくり、公園の隅っこまで誘導してくる。「連れ戻しに来たんだろう?」

 今になってタマゴが人語を話していることに悠希は違和感と衝撃を受ける。冷静になってみると、やっぱりこれは夢なのかもしれない。今一度頬をつねり、痛みに悶える。そんな悠希を余所に、ベテラン俳優のような渋い雰囲気を放つタマゴは続ける。

「俺ぁ、かつてここら一帯を仕切っていたボス猫だった。だが、三年前に他所から流れてきた奴らに俺は負けてな……俺は仲間に助けられて逃げることに成功した。だが、俺は体力が底を尽きて、ついに倒れた」

「アンタ……そういうキャラだったのね。何その激渋ボイス……」

「そんな時、お前の妹が病院まで連れて行ってくれた。最初は生き延びてしまったことを恥じた。だが、感謝している俺がいた……命を救われた以上、仁義を貫き、恩を返そうと思った」

「いやアンタ猫じゃん。仁義て」

「だが、無様に生き延びた俺を、まだ仲間として頼ってくれている奴らがいる。放っておけない……黙って出て行ったことは悪いと思っている。だが、俺には大事な仲間を守る義務がある。わかってくれ」

 言って、タマゴは歩き出す。そんなタマゴのお尻を眺めながら、ため息を漏らす。タマゴが喋っているという理解不能な現実は一時置いとくとして、タマゴにも事情があることはわかった。だが――

「この戦いで、命を落とすかもしれねえ。だが、これしか道はねえんだ。今までさんざ手を上げてきた俺が言うのも何だが、あいつらにヨロシク伝えてくれ。命を救ってくれたこと、感謝しているってよ……」

 ――事情はわかった、『それだけ』だ。

「待てこら」と再びタマゴの首根っこを掴む。さすがにタマゴも怒った様子で、爪を振りかぶり――悠希の鼻先を掠める。躱すこともせず、ガードすることもしなかった悠希に、タマゴが驚いたように目を見開いた。

「アンタの事情はわかったし、仲間を守りたいって気持ちもわかった。そうだよね、わかる。わかるよ。大事な仲間を見捨てたくない気持ち。だけどね、それはアンタ一人の都合だ」

 手を離さず、顔を近付ける。引っ掻きたければ引っ掻けばいい、そんな思いで睨み付ける。

「アンタがいなくなって仲間は不安だったに違いないけれどね……アンタがいなくなると悲しむ人達もいるってこと、言葉一つで片付けるなよ。仲間だけじゃない、アンタの家族のことも考えてあげな」

「……家族」

「そうよ。アンタは、私の家族。知らないかもしれないけれど、兄貴、今寝込んでいるのよ? ずっとアンタの事探し続けていたんだから」おかげで私は寝不足よ、と文句を言いながらそっと地面にタマゴを下す。「天秤にかけるようなものじゃないのよ、繋がりっていうのは。だから、アンタが仲間を選んでここに来たことを責めたりはしない。当たり前のことをしているのだから――だけどね、悪いけど、目の前で命を落とすかもしれないって大切な家族に言われて、はいそうですかって帰るような真似、できるわけないでしょ」

 ぱきぽきと指を鳴らす。ただでさえ三白眼で小さな黒目、瞳孔が開いた迫力満点の悠希を見たタマゴは目を丸くさせてあんぐり口を開く。

「任せときな……アンタは私の家族、だったら、アンタの仲間は、私の仲間だ」


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