第27話 これまでとこれから

「それで、文化祭の出し物の案だけど。二人は中学の頃とかどんなことしてた?」


 全員が注文した飲食物――生駒くんだけは優花さんからのサービスであるアフォガードも――にある程度手をつけた頃、命碁さんがそのどこかふわふわした雰囲気の顔に精一杯の真剣さを浮かべて切り出した。……失礼は承知だけど。クラスの女子からは小動物にも喩えられる彼女がそうしていると、どうしても頼りがいよりも愛らしさが勝ってしまう。


 そんな雑念を振り払い、「うーん」と首を捻る。

 文化祭。小学校の学芸会は別として、中学校三年間のことを思い出す。一年生のときは出店はしていなかったから除くとして、二年生と三年生。


「わたしのところは、三年生のときはお化け屋敷だった。内容としてはまぁ、無難なヤツなんだけど、百均で買ってきたものを美術系の部活の子たちがいろいろ弄ってくれたおかげで、仮装のクォリティはなかなかだった」

「へぇ~。……あれ、二年のときは?」

「二年……二年かぁー……二年はなぁ……」


 思い出してついつい渋い顔をしてしまう。わたしのそんな様子に、命碁さんは申し訳ないという様子でおずおずと伺ってくる。


「……えっと、あんまり思い出したくない感じ?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど。そのときもギリギリまで決まらなくて、結局”休憩所”っていうチョイスになったんだけどさ」

「うん?」

「案の定最初のうちはガラガラだったんだけど、暇つぶしにって伊月が始めたタロット占いが盛り上がっちゃって……いつの間にか占い小屋に……」

「あぁ~……」


 命碁さんも命碁さんで彼女の型破りぶりを知っているのだろう、えらく納得したという風に遠い目を見ている。ほんと、あのときはどうしようと思ったんです。まさか素人のタロット占いでそこそこ盛況になるなんて思わなかったんです。


「でもなんかいいなぁ、そういうの。私のところは……三年連続でメイド喫茶だったから……」

「あぁ……大変だったね……」


 思い出して恥ずかしくなったのだろう、両手で顔を覆って俯く彼女。押しに弱い命碁さんのことだし、きっと周囲の期待に背中を押されて着てしまったに違いない。似合いそうだもんね、メイド服。それにしても中学でメイド喫茶って攻めてるな。


 と、ここまで無言でアフォガードを食べていた生駒くんが口を開いた。少しずつアイスを小さな口に運んでいく彼も彼で、相当小動物的だけれど。


「なんだか凄いね、文化祭って」

「凄いね、って……生駒君は文化祭の思い出とかないの? そりゃ、春音ちゃんみたいなのはかなり珍しいだろうけど。こういうのやったよ、とかは」

「あ、うん。実は僕、文化祭には参加したことないんだ、準備も、当日も。どっちも僕がぼーっとしてる間に終わっちゃってて」

「……そうなんだ」

「……そっか」


 ナナキが言うには、生駒くんの中のナナキが表に出てくるほど確固たる存在――別人格と言えるまでのものになったのはここ最近。単なる“会話相手”としてのナナキは既に存在していたらしいけれど、それでも中学時代の彼は、それこそ文化祭のような人の多い状況で生駒くんを支えて、文化祭に参加させられるほど安定したものではなかったんだろう。……それに。


 当時の、そして今の彼は。自分がそんなイベントを心から楽しむことを、きっと許せないだろう。わたしには今だって、少なからず葛藤があるように見える。


 もちろんそんな事情を知る由もない命碁さんは不思議そうに、しかし敢えてそれに触れることはなく。自分のコーヒーを一口飲んで、文化祭の出し物の案を練る。当然、わたしも生駒くんもその話を広げようとはせず、何ができるか、何ができないのかを考えるけれど。

 わたしにはもうひとつ、考えなきゃいけないことがある。


 ――自分が楽しむことを、幸福を感じることを許せない彼に文化祭を楽しんでもらうにはどうすればいいのか。


 大きすぎる課題だった。

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コインの表裏、どっちが好き? 雛河和文 @Hinakawa

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