イツ訪レルトモ知レヌ其ノ五分間

RAY

イツ訪レルトモ知レヌ其ノ五分間


 枕元のスマホに目をやると、時刻は午前零時を回っていた。


 なかなか寝付けないのは、きっと、長かった入院生活にピリオドを打てるから。自分でもテンションが上がっているのがわかる。


 高級ホテルのような病室での生活は何不自由ないもの。でも、いつも心の中で思っていた。「早く日本に帰りたい」と。


 高校を休学してやってきたS国。

 日本と同じアジアでも飛行機で八時間かかる。気軽にお見舞いに来てもらえる場所ではない。それでも、親友二人がクラスを代表してお見舞いに来てくれた。

 嬉しくて涙が出た。一日も早く元気になろうと思った。必死にリハビリを続けた。これまで生きてきた十六年の中で一番と言えるぐらいがんばった。

 その甲斐あってか、三日前、担当の医師から退院の許可が下りた。


 こうして私は、今日の午前の便で帰国の途に就くことになった。


★★


 病院の中は二十四時間エアコンが効いているせいか、夜中になるとひどくのどが渇く。

 部屋の冷蔵庫にはミネラルウォーターが入っている。しかし、無性にオレンジジュースが飲みたくなり、一階のロビーにある自販機へ向かった。


 昼間は人で溢れかえるロビーも今は私の貸切状態。

 自販機にスマホをかざすと、静寂の中、支払完了の電子音が響く。


「見ツケタ」


 不意に背中から声が聞えた。

 ビクッとして振り返ると、薄手の白いキャミソールワンピを着た女の子が立っていた。

 エキゾチックな顔立ちにつぶらな瞳が見つめる。細い肩と腕がむき出しになり、左右の耳に掛けた、長い茶色の髪が胸の前に垂れている。

 年格好は私と同じぐらい。露出が多い、みすぼらしい服装は、街角に立つ娼婦コールガールを思わせる。


「良カッタ」


 ホッとした表情を浮かべる彼女に私はいぶかしい目を向ける。なぜがここにいるのか不思議だったから。

 病院の入口にの住人がたむろするのはいつものこと。しかし、彼らは診察を受けることはもちろん、中に入ることさえ許されてはいない。


「ソレ大事ナモノダカラ――」

「訳がわからないっつーの! 馬鹿ばっかじゃないの!」


 彼女の言葉をさえぎるように乱暴に言い放った。無意識のうちに、彼女をさげす苛立いらだちを覚えていた。


 彼女の顔から笑みが消え、うれいが取って代わる。何を思ったのか、ワンピースの肩紐を解き始める。


「ちょっ……何してるの!」


 白いワンピースがパサッと床に落ちる。

 その瞬間、私の目は一糸纏いっしまとわぬ彼女に釘づけになった。

 胸にポッカリと穴が開いていたから。後ろの景色が見えるぐらい、大きな穴が。


 荒々しい呼吸を繰り返しながら呆然ぼうぜんと立ち尽くす私に、彼女は、これ見よがしに、えぐられたようなあとを見せつける。


「イツカ返シテモラウ。アタシノ心臓」


 私はすべてを悟った。恐ろしさのあまり涙があふれてきた。


「泣クノ早イ。怖イノコレカラ」


 彼女はにっこりと笑った。まるで私がおびえているのを楽しんでいるかのように。


「心臓無クナッテモ、ハ見エル。見セテアゲル。アタシガ見タ景色」



 RAY

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