seasons extra edition

桜井今日子

her name and their anniversary

「あと5分か」

「そうだね」

「なんか緊張するな」

「そう? 大ちゃんって面白いね」

 助手席の彼女は首をかしげて彼を覗き込む。


「楓は緊張しないの? 最後の日だよ? 今までの楓の」

「うーん、どうかな。そうでもないよ?」

「動じないな」

「名前的に動じないのは大ちゃんなんだけどね」

「カエデの葉は揺れて散るけど、コッチの楓は動じない」

「それ褒めてる?」

「褒めてるよ。もちろん」

「ホントかな」

 膝元の封筒を優しく撫でる彼女。


「でもさ、気づかなかったよな。楓の名前」

「ホントだよね」

「甘い名前になるって最初に誰に言われたの?」

「キョーコ。佐藤さんと楓って運命的な名前だよねって」


「でもソレ、楓苦手だし」

「大ちゃんは好きだけどね」

「俺が上原になる方がよかった?」

「でもそれだとツッコまれないよ?」

「ツッコまれたいの?」

「そうじゃないけど、この名前好きだよ。気づいてくれる人と気づかない人がいて面白いし」

 彼の視線の先には夏の緑色の楓の樹。


「もともと『大地』は『楓』に踏みつけられてるしな」

「その言い方はヒドイんじゃない? 『大地』がないと『楓』は困るし、ね?」

「うまいこと言うねぇ。いいよ、俺は下から見上げてるから」

「やだ、スカート覗かないでよ?」

「なんでそっちの話になるんだよ。今いいとこだったんじゃないの?」

「え? そうなの? まさかの愛の告白?」

「そうじゃないけどさ」

「そうじゃないんだ」

「いや、そうだけど! いやあのそういうんじゃないけど、あ、だからそうじゃなくてさ」

「もう一回してくれる?」

「え? もしやプロポーズ?」

「2月14日を俺にくれない? から」

「そっから?」

「だってそこから始まったんだし?」

「いやまあそうだけどさ。え? 今?」

「んー。でも時間に余裕のあるときにしてもらおうかな。そろそろ行く?」

「お、おう、そうだよな」

 ピンクの薔薇を12本贈ってから1年半。


「8月8日か」

「3月10日の方がよかった? サトーの日」

「記念日が続くからやだって楓が言ったんだろ?」

「私たち誕生日が近いからコッチは別の季節がよくない?」

「だから葉っぱの日? 楓つながり?」

「忘れにくくていいんじゃない?」

「忘れんのかい」

「私たちの誕生日ほどインパクト強くないけどね」

「まあな」

「んふふ」

「笑うな」

「ふふふ」

 行きつけのカフェバーseasonsで過ごす2月14日。タパスを作り家飲みで楽しむ3月3日。



「12時になるな」

「カウントダウンっていうけれど、ダウンじゃなくてアップだよね?」

「上手いこと言う!」

「おざぶもらえる?」

「おう、やる、やる」


「上原楓の最後の深呼吸でもしておく?」

「んぷっ! やっぱり面白いね。大ちゃんにもあげるね、おざぶ」





「楽しく行こうな」

「うん」



 繋ぐ手。

 藍色の夏空。

 真夜中の涼風。



「はい。手続きですか?」

「婚姻届の手続きお願いします」




 ※サトウカエデ

 ムクロジ科カエデ属の落葉高木。樹液を煮詰めたものをメープルシロップとして利用。(ウィキペディアより抜粋)



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