世界一速いラブレター

OOP(場違い)

世界一速いラブレター

「さよなら」


 一方的に切られた電話。俺は怒りに任せ受話器を叩きつけた。


 鍵を持ち家を飛び出す。親父の原付を勝手に借りる。エンジンを掛けると尻の下でマシンがドドドと揺れ、ぐうん、と動き出す。

 後ろからお袋に怒鳴られた。そりゃそうだ、中1が原付なんて。


 スピードを速める。

 目的地はこの町で唯一の駅。

 ハルが5分後電車に乗って東京へ行ってしまう駅。


 急げ。

 山を突っ切れば間に合うかも。

 俺は苛立ちと焦りを口からぶちまけた。


「見送りくらいさせろぉっ!」




『今夜はお祭りだね。この番組も今日は早めに切って行っちゃおうかな…』


 ユウが誕生日にくれたラジオのダイヤルを回す。地元のローカル局が、私がばっくれたお祭りの話をしてる。


 近くの中古屋に珍しく格好いいのが入ったんだ、1年分の小遣いを使った。

 このラジオは短波っていう、外国の放送や一般人が趣味でやってる放送も聴けるんだ。親父も昔DJやってたんだ。花火も趣味でやってて。


 楽しそうに話してたよね、ユウ。

 涙が滲む。


 ユウだけ電話ぎりぎりになっちゃったね。

 怒ってるかな…。



 思わず原付を停めた。

 山の開けた場所に、親父とカズとミカが、でかい筒のようなものを囲んでいた。


「ユウ。やっぱ来たか」

「ほんとに来た」

「不良だ」

「親父、お前ら…何でここに?」


 親父は俺に近付いてきて、拳骨を喰らわせた。


「ハルちゃんが引っ越すって連絡が来たと、カズ君から聞いてな。あの子の事になるといつも無茶するけど、これはやりすぎ」


 ぐうの音も出ない。

 ごめんと素直に謝った。


「ま、気持ちは分かる。帰りは俺が運転する、乗れ」

「でも俺」

「分かってる、任せろ」


 親父は自信満々に親指を立てた。

 原付に乗り、後ろに俺が跨ったのを確認し、カズたちに声をかけた。


「じゃ5分後。それ打ち上げてね」




 誰もいない車内で両親から離れたところに座り、泣きじゃくる。

 お祭りすっぽかして、直前まで今日が引っ越しだって黙ってたの、怒ってるかな。一緒に回りたかったな。


 花火だけでも見られないかな。ふらりと窓の外を見やる。

 あの山の奥が神社。あそこから上がる。

 花火の時間はあと1時間後くらいだから、絶対見られないけれど。


 溜め息を吐いた瞬間。


 山の方から、小さな花火が4つ上がる。


 『7845』


 心臓が跳ね上がった。

 窓を開けラジオを出し、アンテナを窓の外へ。周波数を7845に合わせる。

 ノイズが徐々に消え、鮮明な声が聞こえてくる。


『ハル! ずっと好きだった! 絶対会いに行くから!』


 ただそれだけを繰り返し叫ぶ、変な番組が聞こえ。

 ラジオを支える腕に涙がぽろぽろ零れ落ちて、止まらなくなった。




 電波に乗って届いた、世界一速いラブレター。

 5分後長いトンネルに入ったきり、周波数は変えてないのに、彼の声は届かない。


「もう一度聴きたいな、あの番組」

「あれはもう打ち切りだ」




 唯一の視聴者が毎日隣にいるんだからな。

 彼女の笑い声は、あの日の電波よりもずっと遅く、ずっと近くに寄り添っていた。

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