ガラスと赤

サンド

第1話










いつからか私には妖精が見える。



手のひらサイズの人型。真っ赤な見た目で、血みどろの心臓みたいだから、ハートと呼んでいる。

「ハート、大学の夏休みっていうのは暇なもんだね」

こんな風に話しかける時は誰もいない場所でないといけない。今は私の部屋だから気にする必要はない。

ハートはダルそうに目の前を浮いている。妖精も暑さを感じるのだろうか。

『そう? あんたが出掛けないからじゃない?』

そうかなぁ。私は棒付きアイスをチロチロ舐める。ハートはチラチラこちらを見てる。

「食べたいの?」

『お、理解が早い』

妖精は一応食事が出来る。取らなくてもいいらしいけど。

私はハートにアイスを任せて、長袖の服を引き出して身を包んだ。

『あんた、どこか行くつもりなの?』

「本屋」

本屋に足を運ぶのはもはや私のルーティンになっている。そこで毎回7冊ぐらいの本を買って、部屋の本棚にコレクションしていく。多分、今、500冊ぐらいは部屋にある。半分以上は読まずに腐らせているけれど。

そうやって腐らせた部屋の本たちは、夜になると恨むように私を見つめ続ける。急にステージに立たされたみたいになって、楽しい。その本たちの眼光が夜の闇を微かに照らす。それがどんなに幸福で心地良いことか。夜闇は苦手だから大いに助かる。飲まれないように必死なのだ、私も。


ハートはいつも夜にはいなくなる。


一人は暇だからやめてほしいと言っているのだけれど。本が買えない日は身体を傷めることしか、やることが見つからない。


今日も適当に7冊の本を選び取ってレジに向かう。

「あの、凄いですね、いつもたくさんの本買われてますよね」

顔を上げると店員の男が笑っていた。何が凄いのか甚だ疑問だったので、彼の澄んだ青い瞳を見つめるだけにした。


ハーフだったのかな、と家にたどり着いてからふと思った。

そしてまた本が並ぶ。夕陽はずいぶん弱っている。もうすぐ夜に包まれる。

アイスの棒だけがベッドに置き去りにされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガラスと赤 サンド @sand_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ