先輩へ走る

スパイシー

先輩へ走る

 電車を降り、改札を抜け、十歩も歩けば抜けられそうな小さな駅を飛び出る。

 バス停まで走って、時間を確認して頭を抱えた。


 先輩の試合会場へ向かうバスが、ない。


 慌ててバッグから携帯を取り出して時間を確認。

 後20分。もう考えている時間は無かった。


 靴紐を縛って髪をゴムでまとめる。


 大丈夫、ここからそんなに遠くない。私の足なら間に合うはず。

 よし、と気合を入れて駆け出した。


 私がこんなに急いでいるのには理由がある。

 それは、私が絶賛片思い中である先輩の、高校最後の試合がもう始まっているからだ。

 先輩の応援に行くと約束したのに、こんなに遅れてしまった。遅れたのには並々ならぬ事情があるけど、そんな事は関係ない。

 約束したのに私が応援に行かなかったら先輩はどう思うだろう。

 きっと、嫌われる。


「それは! 絶対に! 嫌だ!」


 声を出して、速度を上げた。

 近くにいたスーツのおじさんが驚いていたけど気にしない。


 またスマホを取り出して、時間を確認した。

 先輩の試合が終わるまで、後10分。

 道のりは半分くらい。このままじゃ間に合わない。


「わぁああああ――っ!!」


 街中にも拘らず、大声をあげて走った。

 回りに気を配る余裕はもうないけど、きっと皆私を見て驚いてる。もしかしたら奇声を上げる女なんて噂になってしまうかもしれない。知り合いに見られてて、後でからかわれるかもしれない。


 でも、恋に盲目な私にそんな些細なことは気にならなかった。


 先輩がいる試合会場が見えてきた。

 近場にあった公園の時計を横目に見る。

 後6分。


「あと――少しっ!」


 力を振り絞って、試合会場前の駐車場を駆け抜ける。

 入場口を通って、まばらにいる人にぶつからないように気をつけながら、観客席への階段を駆け上がる。私は大きく息を吸い込んだ。


「先輩っ! がんばれぇええええ――っ!!」


 先輩の姿が見えると、今日何度目かの大声で叫んだ。

 試合終了までの最後の5分間。私は喉が張り裂けんばかりに先輩に声援を送った。






「……ごめんなさい先輩。私全然応援できなくて……」


 試合終了後、私は先輩に頭を下げていた。


 試合の結果は、負けだった。

 私がたどり着いた時にはもうだいぶ差がついていて、巻き返せない状態だったらしい。

 けど、試合最後の5分間で逆転するかもってくらい追い上げて、その時の先輩はかっこよくてとても輝いて見えた。


「顔を上げて欲しい。僕は君に感謝してるんだから」


 恐る恐る顔を上げると、とても優しげな笑顔を見せる先輩がいた。


「実は僕、君に応援されるまで試合を諦めてたんだ。もう勝てないだろうなって。試合放棄って奴、最低だよね。でも君に応援されて、僕はとても嬉しくて力が溢れた。君は僕に希望をくれたんだよ」


 そう言った先輩は晴れ晴れとした顔で、本当に感謝しているように思えた。

 同時にある感情が心の奥底から込み上げてきた。先輩と出会ってから、ずっと大切にしてきた感情が。


 今なら、言える気がする。


「私、先輩のことが――」

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先輩へ走る スパイシー @Spicy

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