The Fallen

宵待なつこ

第1話




 さえぎるもののない強烈な太陽光に照らされて、地球の輪郭線がほのかに蒼く輝いている。

 虚空の宇宙と地球の大気との狭間に浮かび立ち、彼は今、その悠久の命を終えようとしていた。

 人々が彼を守護天使と呼び、視認することは出来ずとも、その存在を認知し、畏れ、敬ってきた時代はとうの昔に終わり、今や誰も彼を知る者はいない。

 彼と六人の仲間たちは数千年にわたり、人類の守護者として、天上から人間たちを見守ってきた。死した魂を浄化し、新たな生命の器へと再び注ぐことで、生と死を循環させ、淀みをなくすことが彼らの使命だった。

 その仲間も今や死に絶え、彼だけがひとり残された。命は枯れ、巨大な身体はおぞましいほど醜怪に変容し、死んだ肉体の欠片が、絶えず塵芥ちりあくたとなってそらへ分散しながら消えてゆく。唯一背中に生えた翼だけが変わらずつややかな光沢を放っていて、おごそかな、ある種の異形美いぎょうびを放っていた。

 そのような身になってなお、彼は使命を全うしようと努めた。

 それは意思や思考とは隔絶された、生物に例えるならば本能とでも呼ぶべき深い無意識の行動であり、どれだけ抵抗しようとも眠りの誘惑からは逃れられないように、彼にとって使命とは、自らが存在するために避けては通れぬ行いだった。

 彼の身体がかしぎ、蒼く縁取られた世界が、今際いまわきわの視界を覆い尽くす。

 自らの存在を賭して守り抜いてきたその世界を眼前にしながら、しかし彼は何の感慨も愛惜あいせきも抱くことなく、考えることは、自分が消滅したあとの人々たちのことだった。

 生命循環の管理者たる彼がいなくなれば、輪廻転生のくさびは断たれ、死して死ねない亡者の群れが世界を覆い尽くすだろう。今の彼自身にそっくりな、生と死を超越し、ただひたすらに本能的な欲求のみに従って蠢く屍人しびと。魂は消え去り、虚ろな叫びのみが永遠に木霊こだまする阿鼻叫喚。

 その様を想像して、彼の口元が大きく歪んだ。遅れて自分は嗤っているのだという事実に気が付いて、彼は愕然とすると同時に、あたかも天啓があらゆる意識の霧を払うようにすべてを悟った。

 自分が人類をこの上なく憎んでいるということを。

 いつ、誰によって生み出されたのかも分からないまま、その身が朽ち果てるまで、永劫の刻を人類のために尽くすという呪いに、とうにんでいたということを。

 地球の引力に引かれ、彼の身体が炎に包まれる。明けの明星さながら、あかつき曙光しょこうに彩られるごとく、彼は焔となり、流星となって、墜ちていった。

 彼は吼えた。鐘楼の鐘のに似た、彼ら独特の音韻で、怨嗟と歓喜を同時に放ちながら。声でなく、言葉でなく、彼の意識を人々へ直接響かせる宣託のように。


 ──祝福せよ、人の子よ。新しき世の黎明を。

 仰ぎ見よ、人の子よ。守護天使と呼ばれた天上人てんじょうびとの、最期の堕天を──


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The Fallen 宵待なつこ @the_twilight_fox

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