女暗殺者のメイド服
太陽が中天を差す頃合い、街角に一人の旅の魔道士が現れた。
「ここか。麗しの都プレミーランド」
ツンツンとした黒髪に緑のマント、その下はまっ白な全身タイツというフザケた旅装束の男。
1億円の賞金首、ラツィオ・アー・ブレシアである。
「くっくっく。この街にあの噂に名高いレスター侯爵の屋敷があるのだな」
通りの真ん中で腕組みをして、全身タイツの魔道士は貴族街の方を睨む。
「ヒソヒソ、ちょっと奥さんアレ」
「まあ、なんて破廉恥なんでしょう」
「変態かしらねえ」
場所柄、身分の高いご婦人の多い地域だけに、ラツィオの出で立ちは奇異の目で見られている。
そんな目線を半ば快感に感じながら、レスター侯爵の屋敷へと向かい歩き出した。
『斬奸状
悪逆の徒、レスター侯爵
過去における許されざる罪
死をもって償っていただく
次に月が満ちるまで、恐怖して待つがいい
闇よりの使者 ナイト・ランナー』
ビリィッ!!!!
斬奸状と書かれた紙を引き裂き、高価なイスに深く座った男は、手に持つワイングラスの中身を一気に飲み干した。
「はあっ。斬奸状とは小賢しい。このレスター侯爵を悪逆の徒とそしるか!」
その男の背後に控えるメイドが空になったグラスに新たなワインを注ぐ。
「レスター様。今夜は満月。おそらく斬奸状に書かれた次に月が満ちるまでとは、今夜を差すのだと思われます」
「そやつが現れるなら今夜か……おのれ、斬奸状が届いてより今日までゆっくり休むこともままならんわ」
再びレスター侯爵はグラスをあおり、ワインを一息に飲み干した。
バッシイイイン!!
「きゃ」
「うぬ!」
突然広間に光が迸ると、中心に一人の変態が現れた。
「はじめまして、レスター侯爵。オレ様は……」
「現れたなナイト・ランナー!!」
変態、ラツィオが名乗るより早く、広間に大勢の武装した兵士が入ってきて、ラツィオを取り囲む。
「警備兵か?何か勘違いしているな。オレ様は……」
「殺せ!!!!」
レスター侯爵は有無を言わさず兵士にそう命じる。
「む!」
ラツィオは兵士より先に動いた。
片手を頭上に掲げ呪文を唱える。
「
ドン!
「うおお」
「ぐあー」
ラツィオを中心にして、広間に暴風が吹き荒れる。
周囲を囲む兵士たちがみな吹き飛ばされ、四方の壁に叩きつけられる。
だが魔法の効果範囲の外であろうか、レスター侯爵にまでは暴風は届かず、そばに控えるメイドのスカートがめくれる程度でしかなかった。
「きさま、魔道士か!」
レスター侯爵はイスから立ち上がり、ラツィオに問いかける。
「聞け!オレ様は大魔道士ラツィオ様!レスター侯爵殿に頼みごとがあり、はせ参じた!断じてナイト・ランナーなどというフザケた者ではない!」
「くく、そのようだな」
レスター侯爵は再びイスに腰を落ち着けながら続ける。
「魔道士ならば『斬奸状』ではなく、『呪いの文』を届けるであろうな。なあ、魔道士よ」
ラツィオは静かにたたずんでいる。
「わしがレスターだ。魔道士よ、きさまの用件はなんだ?」
「そいつが欲しい」
ピシィッとラツィオがレスター侯爵の右を指さす。
「え?わ。わたし?」
ラツィオの指し示した先には、レスター侯爵のそばに控えていたメイドがいた。
「女か?このメイドが欲しいだと?」
「ちがう!メイドじゃない。その娘の着ているメイド服だ!欲しいのは」
三人の間に沈黙が流れる。
「な、何を言っているのかわからんのだが……」
「失礼だが、レスター卿、あなたはご自分の屋敷の評判を正しく理解できていないようだ」
ラツィオはメイドの着ているメイド服を眺めながら語りだした。
「この屋敷のメイド服はその至高のデザイン性から大変人気が高く、各地のイベント会場では多くのコスプレイヤーが身に纏うほどなのです」
「ほ、ほう……」
「ならばコスプレコレクターのオレ様としては、是非とも本物が欲しいと思うのもうなずける話であろう」
「コ、コスプレコレクター?集めてどうする?」
「無論、一人の時にこっそり着てみるに決まってるだろう。堂々と着ていたら変態だと思われるからな。そのためのダイエットをオレ様は苦とは思わんぞ」
(変態だ)
(変態だわ)
レスター侯爵とメイドの心中をラツィオは意に介さない。
「そういうわけでメイド服はもらう!」
ガバァ!
「キャーー」
ラツィオがメイドに飛びつき、メイド服を脱がし始める。
「やめてよォ!」
ズガァン!
「ぶはっ」
メイドの右ストレートがラツィオにクリーンヒットする。
ズガ、バキ、ボス、ドコ
メイドの怒涛の攻撃。
「よかろう、魔道士よ……くれてやる」
「え」
「おおっ」
ラツィオの胸倉を掴んだまま、メイドが固まる。
「ただし条件がある。今夜現れるナイト・ランナーを見事捕らえて見せよ」
「なるほど。ナイト・ランナーねぇ……」
ラツィオはもはや抵抗しないメイドのメイド服を正面から脱がし始める。
「引き受けるのにこちらからも一つ条件がある」
メイドは顔を真っ赤にして二人の交渉が終わるのを待っている。
「このメイド服には冬用もあるはずだ。そいつもいただきたい。もちろん成功報酬で構わんが、その時には一度この娘に袖を通してもらうぞ」
「わかった。約束しよう。だがきさまもナイト・ランナーの捕獲失敗は許さんぞ」
「安心しろ。交渉成立だな。どうだ?似合うか?」
ラツィオは脱がしたメイド服を自分の体に当てて見せる。
(大丈夫だろうな、コイツ……)
レスター侯爵の不安そうな顔を、下着姿にされたメイドがじっと睨みつけていた。
それから数時間後。
夜空には満月が煌々と光り輝いている。
先程までの広間の喧騒はとうに鳴りやみ、大きな窓から注がれる月明かりだけが、イスに沈み込み、一人静かに寝息を立てているレスター侯爵の姿を浮かび上がらせている。
そこへ音を立てずに人影が接近する。
「疲れ切って眠ってるな。その命、もらう」
手にナイフを振りかざし、イスに眠るレスター侯爵に鋭く突き立てる。
フッ
その瞬間、レスター侯爵の姿は掻き消え、ナイフはイスの背もたれに深々と突き立っていた。
「
パッ
そして一瞬で広間に明かりが灯される。
「
何本もの縄が現れ、暗殺者の体に絡み付く。
「くっ」
「ナイト・ランナーの正体、それは暗殺の素人」
「ぐぬぬ、きさま……」
「そう、先程のメイドさんだ」
そこには全身をピッチリと締め付ける黒革のキャットスーツを纏い、無数の縄で緊縛され、床に転がるメイドの姿があった。
両手を背後に高めの位置で拘束され、揃えて縛られた両脚も膝を曲げ、手首を縛る縄に結わえつけられ、海老ぞりになっている。
そして胴体は見事な亀甲縛りとなっており、ラツィオの緊縛へのこだわりを感じさせる出来栄えであった。
「くっ」
メイドは抜け出そうともがくが、体を動かそうとすればするほど、各部の縄が体に食い込み、きつく絞り上げてくる。
「きさま、なんのつもりだ」
ガッ
レスター侯爵がメイドの頭を踏みつける。
「この日のために、何年もお前に忠実なふりをしてきたんだ」
キッとメイドは下から睨みつける。
「お前は父の仇だ!卑劣な謀略により、非業の死を遂げた父の!」
「フン!そんなことか。一体誰のことを言っているのか、心当たりが多くて見当もつかんわ」
「ちくしょう」
「魔道士よ!その女を殺せ!許しておけぬ!!」
「父の命日……どうして今日になって現れたのよ……」
「殺せ!!」
「お前のことも恨んでやる!!」
「ちょっと待ってよ。冬用のメイド服、この娘に一度袖を通してもらう約束だろう?」
「な、なんだと!?こいつは暗殺者なんだぞ!」
ふう、とラツィオは一つため息をついた。
「オレ様は捕獲しろと依頼されたんだ。女の子は殺さない。かわいそうじゃないか」
「…………」
メイドが呆けた顔でラツィオを見上げる。
「なら、わし自ら殺してくれる!」
レスター侯爵が腰に下げた剣を引き抜き、メイドに振り下ろそうとする。
カッ!
メイドとレスター侯爵の間に割って入ったラツィオが、レスター侯爵の額に指を当てている。
「な、何をしたんだ?魔道士……」
レスター侯爵の額に何やら文字のようなものが浮かび上がる。
「
「ばかな……」
「冬用のメイド服をよこせ」
「はい、どうぞ」
すっとレスター侯爵が、たたまれた冬用のメイド服をラツィオに差しだす。
「な!……わ、わしは何を……」
「その呪いを解くことはオレ様にしかできない。
「死んで!その剣で自ら命を絶ちなさい!!」
メイドが叫ぶ。
「ひっ」
レスター侯爵が自らののど元に剣を突き付ける。
「自らの悪行の数々を心から詫びなさい!すべての人に」
「わ、悪かった!わしがすべて悪かった!許してくれ!」
少しずつ刃先がのど元に突き刺さっていく。
「ひ、ひぃーーー!ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」
ゆっくりと剣が刺さっていく。
血が滴り、剣の鍔元にまで流れ落ちる。
「う、うわあああああ!助けてくれえー!」
「もういい……」
メイドのその一言で剣を刺す手が止まり、慌ててレスター侯爵は剣を投げ捨てた。
「はあ、はあ、生きてる……よかった……ふう」
安堵した表情のレスター侯爵だが、ラツィオは追い打ちをかける。
「忘れんことだ。その呪いは一生続く。これからの人生、せいぜい他人の恨みを買わないことだな」
「そ、そんな!今すぐ呪いを解かんかぁ!」
レスター侯爵がラツィオに掴みかかろうとする。
「自室に戻って寝てろ」
「はい、おやすみなさい」
ラツィオの命令に従い、レスター侯爵はすごすごと自室へ引き払ってしまった。
「気は済んだのか?」
ラツィオがメイドに声をかける。
「ええ、あなたのこと、誤解してたみたいね。一体何者なの?」
「先の自己紹介では不十分だったかな」
ラツィオがマントを翻し、メイドに向かって自己紹介する。
「オレ様は大魔道士ラツィオ様。人はオレ様を
ガバッ
「きゃ」
縛られたままのメイドをラツィオが抱き上げる。
「世界……あなたなら手に入れられるかもしれないわね」
「当然だ。そのための第一歩を、今から記すとしようか」
そう言ったラツィオの視線の先に、この国で最も人気の高い至高のメイド服があった。
「冬用のメイド服、今から君に着てもらうとしよう。なんならオレ様が直接着せてあげてもいいぞ。クックック」
「あなた一体何の世界を手に入れるつもりなの…………」
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