女戦士のレザースーツ
まだ陽が昇って間もないころ。
太陽の光が斜めに差し込む自室で、彼女は一人、戦闘準備に取り掛かっていた。
下着も含めすべてを脱ぎ去り、全裸になる。
そして一着のレザースーツを取り出す。
ひとつなぎになった全身スーツで、両脚から身に着け、両腕を袖に通す。
体にぴったりと吸い付くようなそのスーツは、少しずつ体に馴らしながら胴体までフィットさせていく。
前面を縦に走るファスナーを首まで上げて締め付ける。
所々にある編上げの紐をきつく縛り、少しのブレもないほどに体を強く締めていく。
全身が赤いレザースーツで覆われた。
肌で露出しているのは顔だけであった。
茶色い髪を後頭部で短めのポニーテールにする。
「ついに、この街に、奴が現れた」
細身の長刀をスラリと抜き、刃の状態を確認する。
「悪の魔道士め。正義の名のもとに、斬る」
その悪の魔道士は、人目をはばかることもなく、堂々と街の通りを歩いていた。
後姿を見ただけでわかる。
奴に間違いない。
女戦士は背後から威勢よくその魔道士を呼び止めた。
「そこへなおれ!変態魔道士ラツィオ!!」
つんつんとした黒髪に緑のマント、真っ白な全身タイツを身に纏った若い男が立ち止る。
「なんだ?ケンカか?」
「決闘かな」
「旅の魔道士みたいだねえ」
「あの娘はこの街のウルムちゃんじゃねえか?」
人の往来の多い通りゆえに、やじ馬がぞろぞろと集まってくる。
「
ウルムと名乗った女戦士は早くも抜刀している。
「成敗?そいつは困る。このラツィオには野望がある。世界を手にするというな」
振り返るラツィオには不敵な笑みが浮かんでいる。
「しかしオレ様の噂もこんな辺境の街にまで及んでいたのか」
「キサマの女に対する非道の数々はすでに聞き及んでいる。これ以上の不幸を生まぬためにもここで成敗してくれる」
「やめておけ。女ではオレ様には勝てん」
そのセリフはウルムの怒りに火をつけた。
「黙れ!女の敵が!!」
剣を振りかざし、ウルムは真っ直ぐラツィオに向かって走り出す。
「仕方のない娘だ」
面倒くさそうに右手を突き出すラツィオが呪文を詠唱する。
「
「魔法か!」
急停止して腕を交差し、歯を食いしばるウルム。
「くっ!
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
その瞬間、決闘を見学していた多くの観客たちが野太い歓声を上げた。
「く、なんだ?
ウルムはゆっくり防御姿勢を解き、再び正面に向かい体を開く。
「だが一体、何の魔法だ?私にダメージはない……」
「キャアーーーーーーーーーーーーーッ」
ウルムは自分の体を見て悲鳴を上げ、ぺたんと座り込んでしまった。
「スゲー」「おー」「ラッキーだ」
たった一瞬でウルムは剣以外何も身に着けていない、全裸状態になってしまっていた。
「くくく、君の着ていたモノはここにある」
そう言ってラツィオは手に持つ赤いレザースーツをひけらかす。
彼女の体温でほんのりと温かい。
「
ラツィオがにやりと笑う。
「こいつは人前で女性に対して使うには
ウルムは涙目で反論もできない。
「ま、モラルの問題かな」
そう言ってラツィオは立ち去ろうとする。
「君のこの服はもらっていくよ。後でこっそり匂いを嗅いだり、着てみたりするためにな」
「変態」「変態」「変態だ」「うらやまし」「変態だ」
街のあちこちからひそひそ声が聞こえてくる。
「これに懲りたら正義の味方ごっこはやめにするんだぞ」
「……遊びじゃないもん」
ゆっくりと立ち去るラツィオの後姿を裸で観ながら、ウルムはうつむいている。
その時、街全体を大きな揺れが襲った。
「!?」
「!!」
「なんだ?地震か?」
ラツィオが立ち止り、辺りを警戒する。
突然、通りの真ん中が大きく陥没した。
慌てて人々が逃げ惑う。
穿たれた大きな穴から何本もの触手が這い出てくる。
さらに触手に引っ張り出されるかのように、大きな本体が這いずり出てきた。
それは巨大な芋虫のようであった。
三階建ての建物ほどの大きさがあり、顔に当たる部分には大きな空洞がある。
その周囲をいくつもの触手がのたうっている。
「
「そんな。こんな街中に現れるなんて」
「逃げろ」「化物だァ」「うわあ」
街中がパニックを起こしていた。
無理もない。
本来古代遺跡の奥地にでも行かない限り、まず出会うことのない化物だ。
グルルル
腹の虫か、化物の声か。
「退治、しなくちゃ」
そうは言ったがウルムは恐怖で動けなかった。
ビシュ!ビシュ!ビシュ!
化物が触手を勢いよく伸ばし、ウルムをからめ捕る。
「キャア」
そのまま空中へ持ち上げられた。
ズバッ!!
空中を飛翔したラツィオが触手を斬り飛ばし、裸のウルムを抱きとめる。
そしてそのまま全速飛行でこの場を離脱する。
「ど、どうして?」
「弁解する気はないが、これだけは言っておくぞ。オレ様は女を辱めるが、絶対に見殺しにはしない。オレ様はすべての女性を愛しているからな」
ウルムはこの時になって初めて彼の顔をちゃんと見たような気がした。
瞬く間に化物から距離が開く。
「よし!このまま奴の手の届かないところまで退避するぞ。
「ちょっと待って!それじゃあこの街が滅茶苦茶になっちゃう」
ウルムがラツィオの腕をぎゅっと握る。
「私がこんなことを頼める筋合いじゃないけれど、お願い」
「いやだよ。あんな気色の悪いの。相手したくないよ」
「そんな」
グアーーーーッ!!
しかし下を見ると化物は予想外のスピードで街の中を徘徊している。
どうやら不意に光の下へ出てしまったためか、軽く興奮状態のようにも見える。
「!?」
その化物の行く先に、一人の小さな女の子が泣いているのをウルムは見つけた。
「くすん、くすん」
手にしっかりと耳の長いウサギのぬいぐるみを抱えた幼女だ。
「大変!ねえ、お願い!!あいつを」
ラツィオはスピードを緩めない。
「そ、そうよ、あの女の子、きっと成長したらすごい美人になるわよ!ね!ね!」
「馬鹿者!」
びくっ
ラツィオはウルムを抱えたまま幼女と化物の間に真っ直ぐ降り立つ。
ドドドドドドドド
化物は速度を緩めず迫ってくる。
ウルムは幼女を抱える。
「もう十分、その子はかわいいだろうが!」
ラツィオが両手を振り上げ、そして片手だけを振り下ろす。
「
ズガァーーン!
極大な雷が化物に降り注ぐ。
一瞬で化物は消し炭と化していた。
圧倒的な戦闘力を目の当たりにして、ウルムは何も言えずに固まっているうちに、ラツィオは姿を消してしまっていた。
「
助けた幼女の肩をぎゅっと抱きしめながら、ウルムは行く末に思いをはせる。
「それはどんな世界になるんだろう」
そう思いながら。ウルムはお礼の一つもできなかったことを後悔していた。
街から大分離れた森の中。
ラツィオは一人陶酔していた。
「スーハー、スーハー」
何度も何度も赤いレザースーツの裏地を嗅いで、悦に入っている。
「あの娘の温もりとレザーの匂いが合わさって、とてもとても香ばしいものだな」
見たこともない満面の笑みである。
「オレ様が世界を支配した暁には、世界中の若い娘にコイツを着るよう義務付けることにしようかな」
ウフフフ
気持ちの悪い笑い声だけが、森の中にこだましていた。
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