女王様の網タイツ

 人里離れた街道には、両側にたくさんの樹木が植えられている。

 その中でもひときわ大きな木の上に、4人の女が木の葉に隠れるように潜んでいた。

 4人とも黒い革のコスチュームを纏った若い女だ。

 多少の差異は見られるが、みな同じような格好をしている。


 くびれたボディには黒革のコルセットがきつく締まり、その上に黒革のジャケット、黒革のグローブ、黒革のチョーカーもしている。

 おみ足に目を移すと全員が黒革のロングブーツを履いており、黒革のショーツまでも見て取れる。

 そして全員ガーターベルトに網タイツである。


 頭には黒革でできた軍帽をかぶり、4人共に金髪である。

 髪型だけは四者四様であるが、みな例外なく美人であった。


 その中の一人が1枚の用紙を見ながら書かれた文言を読み上げる。


「自らを大魔道士千のフェチを持つ男サウザンド・フェティエッシュと称す男、ラツィオ・アー・ブレシア。世界中で不埒を働き、『強制ワイセツ罪』『ワイセツ物チンレツ罪』『ストーカー規制法』等により、全世界指名手配される」

 用紙には振り向きざまにあかんべえをしているラツィオの写真と、彼にかけられた懸賞金が印字されている。

「どれどれ、賞金額は69万コイン?中の上ってとこね」

「フフ。どちらにしろA級賞金稼ぎランク・バウンティ・ハンターの我々4人に目を付けられて、生き延びた賞金首くびはいないのよ」

 リーダー格らしい女が右手に嵌めた指輪を眺める。

「それに、いざとなれば我々には奥の手があるのだ」


「「「「オーホッホッホ」」」」


 4人の笑声が街道の風に乗っていく。

 その先から、一人の旅の魔道士がこちらへ向かって歩いてくるのが目についた。

 遠目からでもよくわかる。

 つんつんとした黒髪に、緑のマント、そしてその下はまっ白な全身タイツのみというふざけた旅装束。


「む、来たわね。この先の峠を越える、情報通りね」

「情報料、結構かかったもん」

「でかしたわよ」

「さあ、みんな。イクわよ」


「「「「たぁーーーーーーーーーーーーーーっ」」」」


ザザッと木々の梢を揺らしながら、4人の女王様は街道を行く魔道士の前に飛び出した。


「我は二等兵」

「我は伍長」

「我は軍曹」

「我は曹長」


「「「「我ら、黄金の4人組ゴールデン・カルテット級賞金稼ぎランク・バウンティ・ハンター軍隊’sアーミータイツ!!!!」」」」


 ドーーーーーーーーーーーーーーン


 4人が名乗りながらの決めポーズを披露した。

 一瞬はるか後方で爆発が起きたかのような演出力を感じたほどだ。


「あ、網タイツで軍隊’sアーミータイツ賞金稼ぎバウンティ・ハンター?」


 さすがに呆気にとられたラツィオだが、突然目の前に現れた4人のセクシーな網タイツに見惚れている。


千のフェチを持つ男サウザンド・フェティッシュ!貴様の首、我ら軍隊’sアーミータイツがいただく」

 ビシッ!と曹長がラツィオに人差し指を突き付ける。

「ほう、君たちが、このオレ様を」


 ズオッ!


 たちまち邪悪な笑みをたたえたラツィオに強烈な魔力がこみ上げてくる。

「それは楽しみだな、くっくっく」


「く、なんという威圧感、なぜかはわからぬが、我々では勝てない気が……」

 思わず曹長は半歩下がってしまった。

「いや、何を弱気な!おのれ!!」

 曹長は全員に合図する。

「さあみんな。戦闘開始だよ!」


「ハッ!」

「やあっ!」


 開幕に二等兵と伍長がそれぞれ両サイドから一本鞭をしならせ、ラツィオめがけて勢い良く打ち付ける。

 二本の鞭はラツィオの右手と左手にそれぞれ巻きつき、大きく引っ張る。


「あはは、捕まえた!」

「もう逃げられないよ!さあ軍曹!!」


 大きく両手を左右に開かれたラツィオの背後から、軍曹がこれまた一本鞭をしならせ、今度は力いっぱい叩き付ける。

「いくわよォ!そぅれぇ!!」


 ビシッ!!


 鞭はラツィオの背中をしたたかに打ち付ける。

「ぐ」

「ほおうらほうらほうらほうら」

「どーしたの、ボクちゃん?さっきまでの元気はぁ?」

「ウフフフ」

「あはははは」


 立て続けに鞭が打ちこまれる。

 一発一発が凄まじい破裂音を奏でる。

 すでにラツィオのマントはずたずたに引き裂かれ、その下の全身タイツに鞭の雨が降り注ぐ。

「あっはっはっはっは。あと何発耐えられるのかしら?」

 とうにラツィオは両膝を地に着けてしまっている。

 鞭打たれながら、正面に立つ曹長に向かってこうべを垂れている格好だ。


 ビシッ!ビシッ!ビシッ!


(先程の威圧感、気のせいだったようね)

 その一方的な様子を見ながら、曹長は余裕を取り戻しつつあった。

「フン!千のフェチを持つ男サウザンド・フェテイッシュやらいうのも大したことなかったわね。楽に儲かりそうだわ」


「クスクス」


 その時、ラツィオの小さな笑い声が聞こえた。


「何を笑う?」

「それで?いったいいつまでオレ様に鞭を打ち続けるつもりだ?」

「決まっているだろう。貴様が痛みに耐えかねて、我らに降伏するまで…………はっ」

 そこまで答えて、曹長ははっとした。

「まさか……」

「くっくっく」

「いや、まさか……貴様、ダメージを……」

「なんですって!」

「そんな!」

「くっくっく、そうよ!どれだけ打たれようとも、オレ様にダメージはない!!逆に……」

 ラツィオの顔に笑みがこぼれている。

「君たちのようなセクシー集団に鞭打たれる事ほどに、気持ちのイイ事が他にあるかぁ!!」


 ガーン!!!


「わ、我々の必殺メニューが」

「き、気持ちイイだと!?」

「し、しまったーっ!千のフェチを持つ男サウザンド・フェティッシュラツィオ!インターネットのまとめサイトによれば、コイツの最も恐ろしいのは強大な魔法力からくる戦闘力などではなく」

 曹長の顔から血の気が引いていく。


変態アブノーマルだという事!」


「くっくっく」

 曹長を下から見上げるラツィオはなおも笑っている。

「な、なんということだ。それでは我々がいくら攻撃したところで」

「奴には一向にダメージを与えられないという事ですか!」

「それどころか、気持ちよくさせているなんて!!」

 セクシー4人衆はどうやら戦意を喪失してしまったようだ。

 鞭を握る手の力が抜けていく。

「そういう事だ。オレ様に美人の近接攻撃は効かぬ。一撃死でもない限り、美人の攻撃はすべて苦痛とは感じぬのでな」

 スッとラツィオは立ち上がる。

「さて、殺す気で来るかね?それならばオレ様も本気で相手をしてやるが」

「くっ」

「そ、曹長」

「曹長」

「曹長……」

 一斉にたじろぐ女王様集団。

 だが曹長は何とか踏みとどまった。

「し、仕方ない。我らの攻撃が効かぬ以上、別の者に代行してもらうよりない」

 曹長の右手の指輪がきらりと光る。

「こいつの出番のようね」

「いけません!それは中古で買った未使用のアイテム。魔界の王を封印しているのですよ!」

「黙りなさい」

「しかし……決して使わないという約束で売ってもらったもの。召喚しても再び封印できるかどうか」

「黙りなさい、軍曹!」

「そ、曹長……」

 曹長は右手の指輪を空に掲げる。


「出でよ!魔界の王よ!!朱闘王ストッキング!!!!」


 ズオオオオオオン


んだな、この我を」


 曹長の指輪から巨大な魔物が出現する。

 朱色の肉体は硬質な鱗で覆われ。背や耳にはヒレがある。

 大きく裂けた口には鋭利な牙が並び、手には長大な剣と盾を持っている。


「魔界の王である、この朱闘王ストッキングを!!」


 ギシャァァァァァッ


 魔物の咆哮が凄まじい。

「そうだ、貴様は私がんだ!さあ戦え。敵はあの魔道士だ!!」

「やれやれ、自称A級賞金稼ぎランク・バウンティ・ハンターさんよ」

「じ、自称ではない!公認だ!」

「公認のAランクが魔族に助けを求めるのか?恥を知れ!!」

「は、恥の塊のような貴様に言われたくないわ!」

「さあやりなさい!朱闘王ストッキング!!」


「断る」


「な、何!」

「我はいかッている。貴様ら人間によって封印されたこと。だがこうして外界に出られた以上、すべきことは決まっている」

 朱闘王ストッキングは4人のビッチに向かって剣を構える。

「召喚者を殺し、封印の呪縛を解く」

「曹長!」

「やはりコイツ、制御できません!!」

「曹長ォ!」

「くっ!!」


 長大な剣が振り下ろされ、地面を大きくえぐる。

 たちまち街道一帯が大きく揺れ、岩や砂が巻き上がる。

 4人の愚者は何とか直撃は避けたものの、恐怖で足腰が立たず、へたり込んでしまっている。


「死ぬがいい。あわれな人間どもよ」


 その4人の美女の前に、敢然と変態が立ちふさがった。


「む、なんだ貴様は」

「せっかくの女王様をみすみす殺させると思うか?三流魔王め」

「ラ、ラツィオ……」

「さあ女王様、先程の鞭のお礼をさせていただきます」


「邪魔をするなぁ!!」

 朱闘王ストッキングの剣がラツィオに向けて唸る。


爆撃鬼の爆炎ゲルト・ミュラー


 ドォン!!


「グガァァァァァァァ!!!!」


 ラツィオの炎の魔法で一瞬で朱闘王ストッキングは消滅してしまった。


 パキン!


「封印の指輪が……砕けた」

「やっぱ三流だったな。弱すぎだ」


「曹長!」

「曹長!!」

「ご無事ですか!」

「あ、ああ。にしても、強いな。千のフェチを持つ男サウザンド・フェティッシュ。一見ふざけた男のようだが、底知れぬ可能性を感じる」

「そうですね、曹長。賞金69万コイン(日本円で1億円)、まだまだ高い値がつくやも知れません」

「そうね。いや、必ずそうなるわね」

 へたり込んでいる4人を一瞥し、ラツィオは立ち去る。

「じゃあまたな。軍隊’sアーミータイツとやら。今度会ったときは鞭だけでなく、その網タイツで踏みつけてくれるとオレ様はうれしいぞ」


 歩み去るラツィオの背中を見送りながら曹長はつぶやいた。

「ああ、でもやっぱり、変態なのね」

 うっとりとした顔で、いつまでも彼の背中を見つめ続けていた。






 ※ラツィオ特殊アビリティ:美人の近接攻撃無効(まれにHP吸収)



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