女魔道士のセーラー服
1人の女が賞金首の用紙を見ている。
「自称大魔道士ラツィオ・アー・ブレシア。またの名を
その用紙にはツンツン髪の男が振り向きざまにあかんべぇをしている写真が印刷されている。
「その魔力は絶大なれど、常に全身タイツを纏い、世界中の女性に対して不埒を働く変態魔道士」
用紙を握る女の手が震えている。
「賞金額は1億円」
グシャ!
女は用紙を握りつぶす。
「同じ魔道士として、なにより1人の女として、許せないわ」
緑色の髪をした女だ。
マントにグローブ、ブーツにビキニスタイルの魔道士らしい。
「でもそれ以上にこの賞金額は魅力的ね」
女がニヤリとほくそ笑む。
「
ウフフフフフ!!
もう1億円は手に入ったも同然とでもいうように、ビキニスタイルの女魔道士ルカは、目当ての変態のいる街へと飛んだ。
その街は多くの古城や城壁の残る、古風な石造りの街だ。
人口も多く、長らく戦乱とは無縁であったため、全体的にのんびりとした空気が漂っている。
住人の生活水準も高めで、教育レベルも周辺では群を抜いている。
その街に赤の魔女ルカは降り立った。
「賞金稼ぎまとめサイトによると、
その時、街のメインストリートに並ぶ1つの店先に、全身タイツの変態がいるのが目についた。
「あ、みつけたわ!あっさり!!」
どうやら変態はあの店のウィンドウにかじりついているようだ。
「やけに熱心に何かを見ているようね。何かしら」
変態魔道士ラツィオの見ていた店は、洋服の仕立て屋であった。
店前のウィンドウにはこの街の名門校、私立ホーリー女学園の夏用、冬用セーラー服がディスプレイされている」
「欲しいなあ……このセーラー服……」
「やはり変態か!!!!」
ブオン!!
いきなりルカはラツィオの後頭部めがけて回し蹴りを放つが、ラツィオはそれをかがんでかわす。
「い、いきなり危ないじゃないか。今のはオレ様を蹴り飛ばそうとしたと思われても仕方ないぞ……」
「蹴り飛ばそうとしたんだ、バカめ」
スチャッと立ち、マントを翻すルカ。
「
「ああ、あの胸元の赤いリボンの下から伸びる前ファスナーの実に美しきラインであることか、ブツブツ」
「制服見てないでこっちの話を聞きなさいよね!!」
「あ~はいはい」
「ゆ、許せない、屈辱だわ」
ワナワナと震えるルカにラツィオはようやく向き合う。
「あのさあ、君もう少し可愛くしゃべれないの?ポーズとかさ」
「な、なんでよ!」
「いや、そうしたらオレ様も君の話に夢中になれるだろう?」
「そ、そうなの?わかったわ」
腰をくねらせ、お尻を突き出し、片足をひき、片手の指を立て、顔を真っ赤にしながらルカは言った。
「あなたの首、いただくわよん」
「あはははははははははははは!!」
「笑うなあ!!」
最高潮に顔面を紅潮させるルカ。
「んもう!人がせっかく頑張ったのに……」
「はははは!いや、その恰好がいけないんだよ」
「恰好?」
ルカが自分の恰好を見直す。
マントにグローブ、ブーツ、ビキニスタイル。
「それはいかにも冒険者すぎんよ」
「し、しかし、私は今はこれしか……」
「あれ!」
「どれ?」
「それ!」
「これ?」
2人の目線の先にはウィンドウに飾られたセーラー服が。
カラン、カラン!
「ありがとうございましたぁ」
ドアに取り付けられた呼び鈴を鳴らしながら出てきたルカが、再びラツィオの前に躍り出る。
「あなたの首を、いただくぴょん」
腰をくねらせ、スカートを翻し、冬服のセーラー服を着たルカが、顔を真っ赤にしながら言った。
「あはははははははは!!全然JKに見えねえー!!はははは」
「う、うるさい!当り前だろう!!」
ルカが女学生だったのは、とうに○年も前の話である。
「3万9千8百円もしたんだぞ。もう怒った!」
怒りに燃えるルカの右腕に炎が燃え上がる。
「!?」
「顔色が悪くなったわよ。もっともこの炎を見れば当然ね」
ルカの右腕に燃え上がる炎がますます火力を上げていく。
「私は赤の魔女ルカ。赤は炎。私の得意とする
「おバカーー!!炎出してる右の袖が燃えてるうー!!」
ボオオオオオオオオオ
「え」
フッ
慌てて炎を消すルカ。
セーラー服の右袖は見事に肩のあたりまで消し炭と化していた。
ルカの右腕は火傷ひとつ負っていない。
「ああ、そっか!いつも着てるのは
ドサッ
「え、ど、どうしたのよ!?」
ルカが見るとラツィオが涙を流しながら地面に突っ伏している。
「み、右袖のカフスを彩る美しい2本の白いラインが……」
「…………」
「せっかくの美しいセーラー服がぁ……」
「な、なんなのコイツ……一体どこまで本気なの……」
「そうだ!!」
ガバッとラツィオが跳ね起きる。
「ごめん、ちょっとさ、3万4千8百円、貸してくんない?」
「はあ?バカ言わないで!今さっきこの制服買って散財したばっかなのよ!!」
「平気だろ。オレ様の首で1億入るんだからさ」
「あ、そっか。それもそうね、はい」
「サンキュー!ちょっと待っててね」
「あ」
ラツィオはたたたと店へと駆け出して行った。
「い、1億、入るのかしら……」
途方に暮れ始めたルカであった。
「ド、ドラゴンだァ!!」
「え!?」
唐突に、何やら街中の人たちが騒ぎ出す。
「ドラゴンが!」
「街にドラゴンが!!」
突然ルカの周囲が暗くなる。
頭上を見上げるとそこに巨大な赤い鱗のドラゴンが悠然と飛行している。
オオオオオオオオオオオオオオオ
「こ、こんな人里にドラゴンが現れるなんて……」
今や街中は大混乱である。
逃げ惑う人々が右往左往している。
長らく戦乱とは無縁であったこの街に、ドラゴンと渡り合える兵力など、ありはしなかった。
「ドラゴンが人里に現れた時は、決まって破壊の衝動に駆られた時。残念だけどこの街はもうおしまいね」
「ルカ」
「あっ」
そこにラツィオが戻ってきた。
「オレ様たちの話はあとだ。仕立て屋のオヤジに話は通してある。早く行ってオヤジの指示通りにしろ」
「どういう事?ドラゴンが現れたって時に!?」
「だから急ぐんだ!街がなくなる前に!!」
「わ、わかったわ!」
ラツィオの気迫に押され、ルカは急いで仕立て屋へと走った。
カッ!!
ズァオオオオオオオオオオン!!!
ゴォーーー!
ドラゴンの炎の息が街を焼き尽くそうと走り回る。
「街の西側がやられたのか。ここも間もなくだな」
さすがのラツィオの表情にも焦りの色が見え隠れしている。
そこへルカが戻ってきた。が……
「ちょっとぉ!夏用のセーラー服に着替えさせてなんだってんのよぉ!!こんな時に!」
ルカは右袖の燃え尽きた冬用のセーラー服から、夏用のセーラー服に着替えて戻ってきていた。
「仕立て屋のオヤジにこんなことを指示している場合じゃないでしょぉ」
しっかりと着替えておきながらもルカはわめく。
「あんたひょっとして、私から借りた3万4千8百円、これに使ったんじゃ!?」
「その通りだ。半袖ならば、炎を出しても燃えないであろう」
「はっ」
ルカが改めて右腕に炎を出す。
「そりゃまあ、確かにね」
炎は今度は燃やす袖もなく、セーラー服にダメージはない。
「……って、もともと着ていた私の服があるわよォ!つーか戦うつもり?無茶言わないで!」
ルカがラツィオに詰め寄る。
「いい?私の専攻は炎。炎術士なのよ。多くのドラゴンは火の精霊を駆使するため、炎の耐性が強いわ。それにあのドラゴン見たでしょ。鱗が赤い。
ルカはそう一気にまくしたてた。
「別に一緒に戦えとは言ってないだろ」
「な!」
「それをお前に着せた理由は別にある」
「まさか……あなた、たった1人でドラゴンに!?」
「まあね」
ズシン!
こともなげに言うラツィオが後ろを振り返ると、ドラゴンが2人を認めたのか、大きな足音を立てて近づいてきていた。
「こっちへ来たわ!!」
「グオオオオオーッ!!」
ドラゴンは一声咆哮すると、大きな口を開け、地面ごと抉り取る勢いでラツィオに向かって突進してきた。
「この街には守るべきものが3つある!」
バグン!!
ドラゴンの噛みつきを大きく左に跳んでかわすラツィオ。
「1つ目は、あんなにも素敵なセーラー服を採用しているこの街の、私立ホーリー女学園!」
「はあ?」
ドラゴンがその巨大な尻尾を地面を走るラツィオめがけて叩き付けようとする。
ドゴォオン!!
ラツィオはすんでのところでその一撃をかわす。
地面は大きく地割れを起こしている。
「2つ目は、あんなにも素敵なセーラー服を着用して毎日通学する、その女学園の生徒たち!!」
バン!!
ラツィオは思い切り空中へとジャンプし、ドラゴンのはるか頭上まで跳び上がる。
「そして3つ目は、あんなにも素敵なセーラー服を仕立ててくれている、この街の仕立て屋さんだァー!!!」
ラツィオの全身からまばゆい光が放たれる。
「くらえ!
ズゥオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーッ
まばゆい高熱の光に撃ち抜かれ、ドラゴンが蒸発していく。
すさまじい熱波が街中を駆け抜けていく。
その熱波に踏ん張りながら、ルカはドラゴンごと蒸発してしまい、大きな穴が穿たれた地面を見て驚愕していた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
「ド、ドラゴンを一撃!?なんてデタラメなのよ!!」
「なんてこたあないな」
空中でラツィオは腕組みしている。
そのままの姿勢でルカの前に降り立った。
「ちょっと、聞きたいんだけど……そのあんたの強さの秘密は何?」
恐ろしい相手を見るかのようにルカがラツィオに問いただす。
「くっくっく」
ゴク。
ルカの生唾を飲む声が聞こえてきそうだ。
ゆっくりとラツィオは近づき、ルカのあごに指を添える。
「あ」
ルカはそれでも動けない。ラツィオに見つめられながら、ラツィオの返答を待っていた。
「オレ様はな、美人の制服姿を見るとパワーアップする」
「…………はい?」
一気に拍子抜けして呆けるルカ。
「じゃじゃじゃじゃあ、私にコレ着せた理由って!」
「もう1つある」
「!?」
一瞬だった。
ルカがはっとした時、すでにルカは一糸まとわぬ全裸姿であった。
「オレ様は女の子が1度身に着けたコスチュームを集めるのが趣味なのだ」
セーラー服だけではない。履いていた紺色のハイソックスも、茶色いローファーも、ブラにパンツも。
すべて一瞬ではぎとられていた。
「な!!いつの間に!!」
ラツィオはとっくに手の届かない空中に身を移している。
「では、さらばだ」
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよォ!3万4千8百円は!?」
たまらず両手で体を隠してへたり込んでしまったルカを尻目に、ラツィオは夕日に向かって飛び去ってしまった。
「待てー!この変態!!キィーーーッ!!」
「はっはっはっはっはっはっは」
ルカの悔しい罵声を浴びながら、ラツィオの笑い声が夕日に溶けて、消えて行ってしまった。
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