女武闘家のチャイナドレス

 ゴッ! バキッ! ドカァン!!


 殴る!蹴る!蹴り飛ばす!!


 辺り一面にガラの悪い男どもが倒れ伏している。

 皆一様に打撃によるダメージを受けているようだ。


 その中で一人だけ、その場に立っている女がいた。

「ふう。弱くて話にならない。どこかにもっと強い奴はいないのかしら」


 ショートパンツにタンクトップ、レザージャケットを羽織り、格闘用のグローブを身に着けた黒髪ショートの女だ。

 その女は何気なく見た張り紙だらけの壁に、1枚の手配書が貼られているのに気が付いた。


「1億円?賞金首ラツィオ、か」

 女がニヤリとほくそ笑む。

「面白い。魔道士と闘うのは初めてだ。こいつを倒し……」


 ガン


 グローブをはめた両の拳を眼前でぶつけ合う。

「この武闘家シャン・シンカの名を世に知らしめてやる」


 そうしてシャンは次の闘いに向かい歩き出した。




 そこは全国的に有名な某ディスカウントストアのとあるチェーン店であった。


 ガシャガシャ、チーン!

「お会計は7980円になります。ありがとうございました」


 買い物を終えたその男は、不敵な笑みを浮かべたまま、近くの公園へとやってきた。

 ツンツンとした黒髪に緑のマント、真っ白な全身タイツ姿のその変態こそ、賞金額1億円の魔道士、ラツィオ・アー・ブレシアだった。

 突如現れた変態に公園内はにわかにざわつきだした。

 もちろん当の変態はそんなことを気にも留めない。


「くっくっく。買ってしまった」

 買い物袋を胸に抱きながら一人悦に入る。

「まさか何気に入ったディスカウントストアにあれほど多種多様な商品が置かれているとはな。これ一つ選ぶのにもだいぶ手間取ってしまった」

 ガサガサと中身を取り出そうとする。

「これこれ」

 袋から一着の服を取り出し、手の中で広げて見せる。


「じゃーん!!赤いロングタイプのチャイナドレスー!!」

 真っ赤なチャイナドレスが変態の手の中で風にはためいている。

「あんなにたくさん並んでるんだもんなあ。一時間も迷っちゃったよ。青にしよーか、ピンクにしよーか」


 公園内にいた人々が一斉に蜘蛛の子を散らすように変態から遠くへと離れていく。


「ん?フン!愚民どもめ。オレ様を変態を見る目で見おって、けしからん」

 心外だとでも言いたげに変態はつぶやいたが、すぐに気を取り直す。

「さて、このチャイナドレス、誰か美女に一度袖を通してもらわねば。美女が着たコスチュームで遊ぶのがオレ様の流儀だからな」

 そう言ってスマホを取り出す。

「誰かいないかなあ。LINEに登録してある女は片っ端からブロックされてるからなあ……ブツブツ」


「みつけたぞ!魔道士ラツィオ!」

「え?」

 振り替えるとそこに一人の女が立っていた。

「魔道士ラツィオ・アー・ブレシア。私は武闘家シャン・シンカ。さあ、私と戦え!」

 さっそくファイティングポーズをとる女武闘家。

「わかった。君に決定だ」

「!?」


 一瞬であった。

 ふっと目の前から魔道士が消えたかと思うと、背後から赤いチャイナドレスをシャンの体の前面に合わせていた。

「さあ、この赤いチャイナドレスを着ておくれ。最高級ではないけれど、とっても肌触りが気持ちイイだろ?」

「ふざけるなッ!」

 シャンがバックブローを放つ。

「あれ?気に入らないの?」

 だがそこに変態の姿はない。

「ああそうか。赤いチャイナドレスって確かに愛人ってイメージがあるものね」

「!?」

 シャンの思いがけない方向から変態は姿を現す。

「でもチャイナの国では赤は花嫁衣装の色でもあるんだよ。そだ。いっそのこと結婚しちゃおっか?」

「そんな話をしてるんじゃない!本気になって私と闘え!!」


 ゴォッ!!


 シャンの渾身の正拳突きが変態に向かって唸る。


「じゃあさ、これ着てくれたら本気になるよ」

 だがその正拳はむなしく空を切り、変態はいとも簡単にシャンの懐にまで入り込んでいた。

「……」

 冷や汗をかくシャンに対し、変態は終始にこやかな表情である。


「わ、わかった。着てやる。だから本気になって私と闘えよ」

「いいよん」

(こいつ、あなどれん)

 シャンはひそかにそう思っていたが、かえって闘争本能に火がついていく。

 本気になったコイツと闘うためなら手段は選ばない。

 強さへのストイックさが彼女の身上であった。


「しかし、更衣室などはないな……」

「あそこの茂みでいいんじゃないか?」


 公園内には変態を恐れてこの二人以外に人の気配はなかった。

 シャンはため息をつくと、変態からチャイナドレスを受け取り茂みで着替え始めた。

「まったく!確かに腕は立つようだが、性格はまるっきり変態じゃないか」

「そういう君こそオレ様のわがままを聞いてまで闘いたがるなんて、少し変だぞ」

「私は世界一の武闘家になる為に自分の腕を確かめたいんだ。そのためなら手段は選ばんと決めたんだ」

「ふーん」

「え!?」

 下着のみの姿でシャンはそばにいる変態と顔を見合わせた。

「なんでお前も茂みにいるんだよぉ!」

「いいじゃんかよー」


 ガササッ

 不満を口にしながら変態は茂みから出て行った。


「な、なんてフザケた奴なの。絶対叩き潰してやるんだから」

 そう言ってシャンは赤いチャイナドレスを手に取る。

「けど、そう言えば、女らしい恰好するのなんて、ずいぶん久しぶりかもね」


 ザッ


「お、おい。着てやったぞ」

 少々照れながらシャンは赤いロングタイプのチャイナドレスを身に着けて、茂みから出てきた。

 裾が長くてうっとうしいかとも思ったが、両側に大きく開いたスリットのおかげで思ったよりも動きやすい。

 だが、自然と体の動作がより女らしくなっていることに、シャン自身は気付かずにいた。


「お、おい!これで本気になって闘ってくれるんだろうな!おい!」


 だが公園内に変態の姿が見当たらなかった。

「どこへ行ったんだ、あいつ?」

 広場まで来るも姿は見えない。

「まさか!逃げたのか!?くそ!こんな恰好までしてやったというのに!」


 その時、シャンの背後に迫る大きな手があった。


 ガシ!


 その大きな手はシャンの頭部を鷲掴みにして持ち上げてしまう。

「その女ですぜアニキ!」

「俺たちにケガさせやがったのはよォ」

「ぐへへ。弟分たちをかわいがってくれたみたいだな」

「あ、あんたたちは、こないだの……」


 ミシ!


 シャンの頭を鷲掴みにした大男が腕に力を込める。

「ぐ、ああああああああ」

 ミシミシミシ。

 骨のきしむ音がシャンには聞こえた。

 痛みで思わず声が出てしまう。

「へへへへ」

「ザマーねえぜ」

 体中傷だらけの男たちがそれを見てニヤニヤする。

「ぐへへ。いくらテメーが拳法の達人でもよぉ、捕まえちまえば所詮は女。男の力には勝てねえんだよ」


 ミシミシミシ


「くっ……」

「ぐへへへへ。しかしチャイナドレスか?テメー強いらしいが、なかなか色っぺえじゃねえか」

 大男がチャイナドレスの襟元に指をかける。

「オレがもっと色っぺくしてやるよ」

「!?」


 ビリィィィッ!!


 大男が一息にチャイナドレスを引き裂いてしまう。

「おおお」

「さすがアニキ!」


「いやっ」

 シャンはあらわになった胸元に手を当て縮こまる。

「ぐへへへ。そらよ」


 ギシ!!


 だが大男はさらにシャンの頭を掴む腕に力を込める。

「ああーーーーーッ!!」

(ダメ……やられる……)



「アホかぁーーーーーーッ!!」


 ズガァーーン!!


 その時どこからともなく現れたラツィオのミサイルキックが大男の側頭部にクリーンヒットする。


「ぐぼォ」


 ドドオン


 大男が吹っ飛び、シャンは何とか解放された。

「てめえは!!」

「賞金首の!?」

千のフェチを持つ男サウザンド・フェティッシュラツィオ!こんな所で1億の首に出会えるとはな」

 大男が頭を振りながら立ち上がる。

 だが、珍しくラツィオは怒りに聞く耳を持たない。

「フン!ついでにチャイナドレスの緊縛写真を撮影しようと麻縄を買いに行っている間に、テメーらずいぶんなことをしてくれたじゃねえか。オレ様を怒らせるとはな……」

「え!」

(まさか、私のことで怒ってくれてるの?)

 シャンは一瞬そう思ったのだが。

「オレ様のチャイナドレスをビリビリにしやがって!オレ様は全裸の緊縛写真でなく、チャイナドレスの緊縛写真が欲しかったんだぞォ!!」

「は、はあ!?」

「縛られる約束までしてないわよ!バカ!!」

 シャンが顔を真っ赤にして否定する。


「う、噂通りの変態ヤローが。よく大声で正直にんなこと言えやがる」

 大男が全身に力を込めるとなんと筋肉量が2倍に膨れ上がった。

「今すぐテメーをぶっ殺して、賞金に替えてやるからよ」

 大男がものすごいスピードで突進してきた。


「ドレスよりもテメーの心配をしてやがれ!!」


「バカモノォ!!!!」


 ドォン!!!!


「ぎゃあーーーーーーーーー!!」


「ドレス以上に大切なものが今この場にあるか!」

「そ、そんなあ……ガクッ」


 弟分も含め、大男たちは一瞬でラツィオの放った炎で黒焦げになってしまった。


「あ、あの、助けてくれたこと、一応お礼言っておく。……ありがと」

 シャンはラツィオの強さに対し、今の自分では到底かなわないことに気づいていた。

「けど!ラツィオ・アー・ブレシア!本気で闘ってくれる約束!」

「うん」

 ラツィオがにこやかに指差す先に、全国的に有名な某ディスカウントストアの看板が見える。

「ひとつ、忘れてないかね?」


 ガシャガシャ、チーン!

「お会計は7980円になります。ありがとうございました」



「赤がもう売り切れててさあ。青にしたよ」

 青色のロングタイプのチャイナドレスを身に着けたシャンがいる。

「君も半裸じゃ闘いにくいだろう」

「もともと着てた服があるわよ……」

 そう言いながら構えるシャン。

 ラツィオは悠然と目の前に立っている。


「じゃ、始めよ」

 ラツィオのその声と同時に、シャンの気合いを乗せた拳が迫りくる。


 ブォン!!


 シャンの拳は空を薙ぎ、あっという間に背後に回り込んだラツィオの右手がシャンに迫る。


 パシャ!


 裾をめくり上げ、後ろからパンツをスマホで写真に収める。


 パシャパシャパシャ


 わなわなと震えて動かないシャンのパンツをとめどなく激写し続ける。

「いつまで撮ってんのよ!本気で闘え!!」


 ブン!


 だがしかし、シャンの拳はまたしても空振る。


「くっくっく。だったらもっと」

 ラツィオがついに構えると……

「体を磨いて出直して来ーーい!!」


 スパーーーン


「きゃーーーー」

「チャイナドレスは返してもらうぞー!じゃあなーー」


 一瞬でシャンは着ていた青いチャイナドレスをはぎ取られていた。

 それどころか下着まで盗られている。

 思わずその場にへたり込んでしまう。


「へ、変態めえ。ちょっとだけイイ奴かもって思ったのに……この屈辱、いつか必ず晴らしてやるからなぁ」

 下唇を噛みながら、遠く走り去るラツィオを涙目で追うシャン。


「わはははははははははは」


「覚えてろよォーーーーー!」


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