お姫様願望ーはじまりの物語ー後編
いったい何発の爆発が起きたのか。
塔の周辺はいくつもの穴が穿たれ、騎士団の見事な陣形は散りじりになってしまった。
砂埃と大勢のうめき声が辺りを漂う。
「わっはっはっは。いやあ、派手に吹っ飛んだなあ。わっはっは」
「ちょっとちょっと!やりすぎじゃないの!!」
「なにがだ?」
「あなたさっき、少々発破をかけてやろうって言ったじゃないの!?」
「その通りだ。発破をかけてやった」
「意味わかって言ってるの?」
「む、当然だろう。【発破】鉱山や土木工事で爆薬を仕掛けて爆破すること。またこれに用いる火薬の類。……火薬がなかったので魔法で代用したことを怒っているのか?」
「【発破をかける】強い言葉で励ましたり、扇動したりする。気合を入れること。……やっぱり間違ってるんじゃないのよ!どーすんのよ、いっぱい死んじゃったわよ」
「だ、大丈夫だ」
王女の剣幕にたじろぐラツィオだが、地上を確認して報告する。
「あいつら、冒険に飢えてただけあって、しぶといよ」
「大丈夫かー」
「あれくらいで死ぬかよお」
「うおー!燃えてきたぜえ!」
「くくく。冒険者どもめ。無駄にテンションが上がっているな」
眼下を見下ろすラツィオも楽しそうに腕組みをしている。
「よし、それでは次は巨大ゴーレムで皆を楽しませてやるか」
「
「いいや、今から作るんだ」
「作るって……材料は?」
「う~~ん……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「騎士団、突入するぞ!」
地に片膝をつきながらも、突き立てた剣に寄りかかりながら、エスパーラ国王は騎士団に集合を呼び掛ける。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「騎士団、集まれィ!我がもとへ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「えーーい、なんじゃあ!?ゴゴゴゴやかましい!」
「国王!」
ドズン!
「ひえ」
大きな瓦礫が国王のすぐそばに落下してくる。
そして周囲が唐突に薄暗くなる。
「ギャーーーーーー」
恐る恐る上を見上げた国王は、思わず無様に悲鳴を発してしまった。
そこに巨人が立っていた。
いつの間に現れたのか、全身を石で形作られた、全高30ルトーメ(約30メートル、マンション10階程度)にも及ぶ巨大な石の巨人が立っていた。
ズズゥン!!
「巨人だ!」
「石の巨人だぞ」
「見ろ!塔がない!」
「ちがう!」
「塔がゴーレムに変形したんだァ」
「姫と魔道士はどうしたんだ!?」
ズン、ズン、ズン
巨大なゴーレムが冒険者に向かい歩き出す。
その一歩一歩が大きな地響きを立て、大地を揺るがす。
「おい、もしかして」
「そうだ!きっとこのゴーレムの中だ!」
「そうか!!」
「ならば辻褄が合うな」
「うむ」
「よし、行くぞ!」
「ああ、突撃だァ」
冒険者たちが巨大なゴーレムに殺到する。
「騎士団!冒険者ごときに後れを取るな!!」
第1騎士団長の声に第4騎士団長が呼応する。
「おうとも!!敵はゴーレムの中にありィ!!!!」
「突撃ーーーー!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
遠くでゴーレムと騎士団、冒険者の壮絶な戦いの火ぶたが切って落とされた。
そう、遠くで……
「いててて」
「なに考えてるのよ……」
ラツィオとミルウォール王女は主戦場から遠く離れた場所で、体の各所をさすりながらうずくまっていた。
「まったく!ゴーレムの材料に塔の石全部使ったら、床も何もなくなって落ちるに決まってるでしょうが!!危うく死にかけたわよ」
「まあまあ、浮遊の魔法をかけたじゃないか」
「地上スレスレでね!」
さすがのラツィオも苦笑いである。
「それに、わたくしたちはここにいるのに、みんな遠くのゴーレムの方に行っちゃったじゃないのよ。わたくしを救い出してくれる運命の勇者様はどうなっちゃうの!」
ザッ
「ひ、姫よ」
そこへ一人の戦士が現れた。
「は!いらっしゃったわ!ほら、悪の魔道士っぽくして」
「……」
王女はパパッと髪型を整え、勢いよく後ろを振り返る。
「お待ちしてましたわ、勇者様!!」
「姫よ!おお、我が娘よ!無事であったか」
パァァッと明るい表情で、そこにエスパーラ国王が一人立っていた。
「お……父さま…………え~~」
「もう安心するがいい。老いたりといえど、そこな魔道士風情に後れを取ったりはせん!」
国王は腰から大剣を引き抜き、正眼にかまえる。
「さあ、いざ、勝負!」
「は~~~~~~~~~~~~~~あ」
ぺたん、と大きく落胆したミルウォール王女が崩れ落ちる。
「ど、どうしたのじゃ、姫よ」
「くっくっく」
たまらずラツィオが笑い出す。
「あ~はっはっはっは」
「貴様!何が可笑しい!!」
「王よ、あなたは人として、いや、父親として、命をかけて娘を救いに来た。その点は真に尊敬に値する。だが……」
ラツィオの目がキラリと光る。
「分をわきまえず、場の空気を読めないあなたを、国王として尊敬することはできない!」
ガーン
「く、空気……だと……」
「所詮国王など、初対面の勇者候補にわずかながらの路銀と初期装備だけを渡して、あとは苦悩するフリでもしていればいいだけの存在であろう」
「ぶ、無礼であろう!」
「くく。あそこでゴーレム相手に無茶をしている愚民どもを見てみろ」
ラツィオが遠くの戦場を指さす。
「皆、昨日までは夢を忘れ、無気力な毎日を生きていただけだった」
うおおおおお!!
ガン!ガギン!!ガッキン!!
『ここはオレが何とかする!』
『バカヤロー!一人にできるか!』
『こいつをつかえ!』
『こ、この剣は兄の形見。なぜ貴様が!?』
「だが、今の彼らは輝いて見えないか?信じていた世界に、全力でその身を投じることができる幸せを感じているからだ」
『みんなの超人パワーを10万ずつ分けるんだ!』
『おお!』
『一瞬、だけど閃光のように』
『4倍だああー!!!!』
「今日のことが、オレ様と王女のでっち上げた、かりそめの冒険だとしても、明日からの彼らは昨日までの彼らとは圧倒的に違うはずだ」
「まさか!?それでは!!」
「いいえ、お父さま」
ミルウォール王女が首を振る。
「わたくしも王女という身に生まれたからには、一度でいい。わたくしを魔の手から救ってくださる、勇者様という存在に触れてみたかった」
伏し目がちに、ミルウォール王女はそっとつぶやく。
「これは、あくまでわたくし個人の夢であります。実際来たのはお父さまでしたけど…………」
王女はさびしそうに微笑む。
「ある日、わたくしはこの願望を、公式のSNSではなく、裏垢の方で発信いたしましたところ、彼から今回の狂言誘拐がDMで送られてきたのです」
そう言ってミルウォール王女は全身タイツの変態に視線を送る。
「お父さま、彼はたった一人で、この時代の閉塞感を拭おうとしてくださったのですわ」
「確かに、今ここに集まっている者たちは輝いて見える。ワシは何も分かっておらなかったようだ」
国王はうなだれながら、全身タイツの変態に目をやる。
「どうやら礼を言わねばならないようだ、魔道士殿」
「勘違いするな」
ピシャリとラツィオが遮る。
「断っておくが、オレ様は真に邪悪な魔道士だ。お姫様をさらってみたかったことに偽りはない」
土砂をかぶり、薄汚れてしまったミルウォール王女の纏うドレスを悲しげに見つめながら、ラツィオはそうのたまう。
「それに、お姫様に頼もしい勇者様を見つけてやることには、失敗してしまったからな」
国王は苦虫をかみつぶしたような表情を見せる。
ラツィオは構わず続けた。
「それよりも、心しておけ!これは前哨戦にすぎない。オレ様は本気で世界を手にするつもりだからな」
一陣の風がラツィオの黒髪とマントをはためかせる。
「くくく。やがて世界中に魔道士ラツィオ様の名は広まるだろう。本当のオレ様による、世界支配が始まるぞ。どんな世界にしてやろうか……せいぜい死に物狂いで止めに来るがいい」
ズズーーーーン!!
『やったあ!』
『勝ったぞ』
『倒したー』
『ウェーイ』
遠くでゴーレムが地響きを立てながら崩れ落ちていくのが見えた。
その周囲で大勢の若者たちが大はしゃぎしている。
「おお!やりおったか!さすがは我が騎士団じゃあ!!」
それを見て国王までもがはしゃぎだす。
「フン!では今日のところは引き下がろう。次を楽しみにしている事だ」
ラツィオの姿が薄まり、次第に消え始める。
「ミルウォール王女、次にお会いする時には、再び公衆の面前で磔にして差し上げましょう。はっはっはっはっは」
フッ
高笑いを響かせて、魔道士ラツィオは忽然とその姿を消してしまった。
ドキン
人知れず、ミルウォール王女は狼狽していた。
なんでしょう……この胸の高鳴り。
そうか、退屈な日々という檻の中から、わたくしを救い出してくれたのはあの魔道士、ですものね……
これが……
「おう、坊主!旅に出るのか」
「ああ、世界を支配しようと企む邪悪な魔道士ラツィオ!奴を倒して英雄になるんだ」
活気の戻った酒場で、オレは壁に貼られた手配書を見ながらマスターに答えた。
「69万コイン(日本円で1億円)の賞金首だ。必ず討ち取って見せるぜ」
「はっは」
鼻で笑われてしまった。
「ところでマスター、いい加減オレのこと、坊主って呼ぶのやめてくれよ。名前、教えたろう」
「生きてまたここに帰ってこられたら、名前で呼んでやるよ。坊主!」
「ちぇっ」
オレが荷物を持ち上げた時だった。
「た、大変だァー」
バタン!
一人の冒険者風の男が酒場のドアを蹴り開けて入ってきた。
「今度はお隣のセリ国のキエーヴォ姫があの魔道士にさらわれたらしいぞォ」
「な、なんだってぇー!」
「ほっほ」
「あの変態魔道士、片っ端からお姫様をさらう気か!?」
「また各地から冒険者が集まってるらしい!」
オレはそんなみんなの声を聴きながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「マスター!オレ行くよ!!じゃあな!」
オレは酒場の外へと駆け出した。
「ほっほっほ。みんな求める世界へ、自分の足で走り出したようだな」
グラスをきれいに磨きながら、マスターは開け放たれた酒場のドアをしばらく見つめ続けていた。
最強の魔道士は、千のフェチを持つ変態 あずえむ @azuemu
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