お姫様願望ーはじまりの物語ー前編

 子供の頃からあこがれていた。

 胸のすくような大冒険。

 英雄となり、王女を娶り、王になる。


 地位も金もない者が、命をかけて描くサクセスストーリー。


 そいつを夢見て、オレはついに冒険者デビューを果たそうとしている。


 それなのに…………



 ここは大陸でも随一の歴史と軍事力を誇るエスパーラ王国。

 この街には、大陸中から一獲千金を夢見て冒険者が集まることで知られており、そのためこの街の冒険者ギルドには数多くの危険な依頼が舞い込むのである。


 すべての冒険はここに集まる。

 そうささやかれるこの街に、オレは期待に胸を膨らませてやってきたのだ。


 それなのに…………


「おう、坊主。新人だな。何か気になった仕事はあったかい?」


 冒険者の集まる酒場。ここにでかでかと掲げられた冒険者宛の依頼掲示板。

 そいつを眺めていたオレに店のマスターが声をかけてきた。


「マスター、どういう事?」

「なにがだ?」

「ここに貼られた仕事依頼、これで全部?」

「ああ、そうだ」

「そんなはずないだろ!ここにあるのは下水道のネズミ退治や畑を荒らす害獣駆除ばかり。どこにも冒険なんてないじゃないか!」


 オレは激昂して酒場のテーブルをバンッと強く叩いた。


「オレが求めていた世界は!?冒険はどこにあるんだよ!?」

「ふう」

 マスターが一つため息をつく。


「さらわれたお姫様」


 ピク


「古代遺跡の探索、魔獣退治、呪われた邪教の集団、英雄戦争…………」

「マスター」

「そんなもの、もうどこにもありはしないんだよ」

「えっ!?」

「この酒場にいる連中をよぉく見てみろ。どいつもこいつも無気力の塊みてえなツラしてるだろ」


 オレは酒場の中を見渡してみた。

 今まで気づかなかったが、薄暗い店内には満席に近いほどの冒険者崩れどもがたむろしていた。

 だが皆一様に暗く、ちびちびと酒を飲んでばかりだ。


「こいつらもな、今のお前と一緒さ。冒険と名誉を求めてこの世界へと足を踏み入れた。そんなもんがなくなっちまった今になっても、目を覚ますことのできない奴等ばっかりさ」

「どうしてこんなことに……」

「文明の発達とともに、未探査区域は縮小の一途をたどった。度重なる森林伐採や山の切り崩しにより、魔獣の住処は失われ、利便の追及に肥えた人々の心からは、例え邪神といえども神を敬う心は薄れていった。こんな時代、戦争などで決着をつけるバカはいない。もしいたらそいつは大バカ者だ」


 マスターはグラスを拭きながら遠い目をしている。


「坊主。一介の冒険者が自分の国を手に入れる一番の方法、わかるか?」

「それは……」

「お姫様だよ」



 古来より

 後に英雄と謳われる者たちの周りには常に


 邪悪な魔道士や竜によって

 ほぼ無意味にさらわれるのが役目のお姫様ってのがな、そりゃあ大勢いたもんだ


 だが時代は変わった……


 女性の社会進出とともに、ただひたすらにか弱いだけのお姫様ってのは消えちまったんだ


 女は飾じゃない。そりゃまあ、そうだな

 今では女の方が強いんじゃないかって思ってるよ


つわものどもが、夢の跡……てな」


 マスターはさびしそうに背中を向ける。


「もう、ファンタジーは死んだのさ」


 オレは信じられなかった。

 そんなはずはない。

 これからオレの冒険が始まるはずなんだ。


「そんな事はない。きっとどこかにまだある。なあ、みんな!」


 オレは薄暗い酒場の中をぐるりと見渡す。


「なあ、みんな……みんな……」


 その時だった。


 バタン!


「た、大変だぁー!」


 一人の冒険者風の男が慌ただしく酒場のドアを蹴り開けて入ってきた。

 そして驚くべき報告を店内にもたらしてくれた。


「お、王宮のミルウォール王女が、じゃ、邪悪な魔道士を名乗るものに、さ、さ、さ」


 一同、固唾を飲む。


「さらわれたらしい!!」


 一瞬の静寂が訪れた。皆、その言葉の意味を反芻しているようだ。


「な、なんだってーーー!」

「ほ、本当なのか!?」


 ガタタッ


 あちこちで椅子から腰を上げる冒険者たち。


「ほ、本当だ。国王自ら率いる騎士団や数多の冒険者達が、その魔道士の塔に向かい進軍しているぞ!!」

「ほ、ほんとぉ!?」


 不謹慎とは知りつつも、オレは内心心躍っていた。

 そしてどうやらそれはオレだけではなかったようだ。

 酒場中の冒険者たちにみるみる覇気がみなぎってくる。

 その中の一人、大柄な熊のような男が、使い込まれた武具をガチャガチャと鳴らしながら近づいてきた。


「大冒険の始まりだな」


 オレの傷一つない、おろしたての鎧に手を置く。


「行こうぜ、新人!」


 オレの答えは決まっている。


「ああ!行こう!!」






 ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーン


 荒野のド真ん中に、先日まではなかった巨大な塔が建っていた。

 その塔の周囲におびただしい数の武装した人間が集結している。


「第6、第7、第8騎士団は塔の裏側へまわれ」

「近衛隊、到着しました」

「へぇー、あれが魔道士の塔?」

「ドワーフのように頑丈そうだなあ」

「バカ言え。あんなへぼい塔と一緒にするな」

「おーおー、すげえ数だなー」

「まだまだ続々集まってるぞお」


 未曽有の一大イベントに周辺各国からも多くの冒険者が集まりだしていた。

 その様を塔の最上階から魔道士が見下ろしている。

「くっくっく」

 その魔道士は一言で言うと異様であった。

 ツンツンとした黒髪に黒いマント、その下には真っ白な全身タイツ。

 そんな出で立ちの男が見下ろす下界には、自分を討ち取りに来た無数の騎士や冒険者がひしめいている。


「どうだ王女よ。見えるかこの軍勢が」


 魔道士は恐れる風もなく、むしろ悦に入る。


「我が魔術の塔に攻め寄せた目的は、お前を救出することなのだぞ」


 魔道士が振り向くとそこには一人の女性がいた。

 天井から垂れた鎖に繋がれ、眩いドレスを纏った、赤いきらめく髪の美女が座り込んでいた。

 その美女が魔道士を睨みつける。


「魔道士ラツィオ・アー・ブレシア。このような振る舞い、今に後悔いたしますわよ」

「くく、ミルウォール王女。そのような気丈な振る舞い、いつまで続けられるのでしょうな」

「すぐに勇気ある者が、わたくしを救い出しに現れます!その時を覚悟なさい!!」

「これは勇ましい。ではそのような者がすぐに現れてくれるよう、少々こちらから発破をかけるとしましょうか」





 塔の前面に展開した騎士団の陣形を睨みながら、エスパーラ国王は馬上で部下からの報告を待っていた。


「国王!第1、第3騎士団、突入準備、整いました!」

「うむ、ではこれより我が娘、いや、ミルウォール王女の救出のため、突入を開始する」


 その時、国王の合図の機先を制すかのように、荒野に魔道士の声が響き渡った。


「見上げるがいい!愚かなる冒険者どもよ!!」


 皆が上空に目を向けると、なんと塔よりもさらに大きく、魔道士の姿が映し出されていた。


「む!」

「お、おい、見ろ!空中に!」

 一瞬にして色めき立つ現場に魔道士の宣言が始まる。


「オレ様は大魔道士ラツィオ・アー・ブレシア。やがて世界を手にするこのオレ様の姿を、よおく覚えておくがいい」


 ゆらゆらと空中に映し出された魔道士の姿が揺らめいている。


「さて、冒険者諸君!君たちが集まった理由は承知している。さぞ王女の安否を気にしている事であろう」


立体映像ホログラフ呪文スペル、これは相当高レベルな魔道士だぞ」

「世界を手にするだって!」

「お前みてえなアホを待っていた……いや、ふざけるなぁ!」

「なんで全身タイツなんだー」


「くくく。質問は受け付けん。ではお姫様の登場だ」


「お」

「おおおー」

 途端に場が色めき立つ。

 空中には魔道士に代わり十字架に磔にされたミルウォール王女の姿が大きく映し出された。


「姫だ」

「本当にさらわれていたぞ」

「おお、マジだったんだな」

「燃える!」


「あぁ……勇者様、どうか……」

 王女の悲痛な声が風に乗って運ばれてくる。


「オレが救い出すぞ」

「いやオレが!」

「オレだ」

「オレだ!」

「やってやるぞ」

「ああ」


 冒険者だけではない。騎士団も含め、各所でやる気に満ちた声が上がりだす。


「くっくっく。さあ誰がここまでたどり着けるかな。せいぜい頑張ってくれたまえよ」


 ポウ!


 魔道士の右手に魔力を帯びた光が発生する。



 ドォン!!!!!!!


「!!」

「うわあー」

「ギャーー」


「な、なにごとだ!」


 突然国王の陣地の後方で大きな爆発が発生する。



 ドォン!


 ボオン!


 ドン!ドン!ドン!!


 爆発は一度では終わらなかった。

 立て続けに塔の周囲でおびただしい轟音と悲鳴が巻き起こる。


「わっはっはっはっは。辺り一面爆風で吹き飛んでるぞ!見ているか王女よ!」


 ドガン!!


 ドガン!!


 ドッガアーン!!


「だいぶ巻き込まれた奴がいるようだぞ!わっはっは。見ろ、人がゴミのようだ」


 魔道士の笑い声が響く。

 地上では騎士や冒険者たちの悲鳴と怒号、爆風が荒れ狂っている。


「わあっはっはっはっはっはっはっはっはっはー」



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