◆ 2日目

 あれ。まただ。


 少しの残業をして、シャワーを浴びた後、自分へのご褒美とコンビニで買ったビールを楽しんだ筈の俺は、また誰かを見下ろしていた。

 二度目の今回はどうやら居酒屋らしい。店員が注文を復唱する声と酔っ払いのざわめきが辺りに満ちていた。


 コンパの話なんて考えていたから、こんな夢を見てるのだろうか。

 見下ろすテーブルには女性が四人。いかにも仕事帰りといった恰好だったがその雰囲気はとても親しげだ。

 店員がジョッキを四つ運んでくると、早速といった様子で乾杯している。


「誕生日、おめでとう〜!!」

「ありがとう〜」


 少し照れたようにストレートの髪が揺れた。


 あれ?


 俺はその背中をじっと見つめる。


「でぇ、じゃん! これ、皆から♪」

「うわ。なになに? なんか、恥ずかしいなぁ」


 斜め向かいのお喋りそうな女性が差し出す紙袋に手を伸ばす彼女の、ちらりと見えた横顔に見覚えがあった。


 昨日の、シャワーの夢の。


 なんだかどきりとした。

 そうと判ると急に彼女の体のラインが思い出されて、ひとりで挙動不審になってしまう。

 誰にも見えてないというのに。


「さ、さ。開けて開けて!」


 皆に促されて綺麗に包装された箱を丁寧に開けると、中から出てきたのは熊の縫いぐるみだった。五百ミリの缶ビールくらいだろうか。


「わ。可愛い! このシリーズ好きなんだよね〜」

「でしょでしょ。一応ストラップなんだよ? スマホに着けなよ!」

「え……ちょ……」


 テーブルの上にあった彼女のスマホを取り上げて、どう考えてもストラップとしては大きすぎるそれを無理やりつけてしまう。


「ほら!」


 どっと笑い声が沸いた。


「……もぅ〜。何するかな〜。でも、ありがとう。嬉しい」


 苦笑しながらスマホから熊を外す。


「ミホの誕生日にもお揃いの熊をあげるよ」

「え!? いや、私は……熊は……ちょっと」

「遠慮しなくても〜」

「いやいやいや」


 確かにちょっと派手な彼女は熊というイメージではない。それを解っていて、彼女たちはからかっているようだった。

 一頻り食べて飲んでお喋りをした後、シャワーの彼女が席を立った。


「ちょっと、トイレ」

「いってらっしゃ〜い」


 昨日と同じで、彼女が移動すると俺も移動する。そこに残ろうともがいてみても無駄だった。

 なんだか背後霊になったような気分だ。


 流石に個室の中までついて行くことはなかったが、女子トイレというだけでなんだか落ち着かない。例え、誰にも見えないのだとしても……

 そわそわしながら手を洗う彼女を見てしまう。顔がまともに見えるのはこうして鏡に向かっている時くらいだ。

 間違いない。昨日の彼女だ。今日は髪を全部下ろしているんだな……


 タオルハンカチを咥えながら、手の水滴を何度か切って、彼女はふと顔を上げた。

 また、目が合ったような気がする。

 ぎょっとして振り返る彼女。

 けれど、やはり辺りに視線を彷徨わせると不安そうに眉を寄せた。ハンカチはいつの間にかその手にきつく握られている。


 見えない……よな? というか、夢なんだから、俺も焦ることはないんだが。

 別に、好きでこうしている訳じゃないし。


 その時大きく扉が開いた。

 彼女はびくりと身体を震わせる。


「あれ。リコどうしたの? びっくりさせちゃった?」


 入ってきたのは、先程ミホと呼ばれていた女性だった。

 シャワーの彼女はリコという名前なのか。俺の夢、超リアル(笑)。

 だんだんカメラ固定のドラマを見ているような気がしてきた。


「う、ううん。なんだか、誰かに見られてるような気がしたんだけど……気のせいだったみたい」

「え!? 何!? オバケ系なハナシ!? ちょっと、やめてよ〜」


 ミホは自分を抱締める様にして両腕を擦っている。


 ……ていうか、俺、オバケ扱いかよ。

 まあ、近いか。実際だったら生霊とか言われんのかな?


「ごめんごめん。ホント、気のせいだから」

「やだ。怖いから、そこで待ってて!」

「あは。わかったわかった。待ってるから」


 ミホが個室に入ってしまうと、小さく肩で息を吐いて彼女はもう一度ゆっくりと辺りを見渡した。


 別に悪さはしないから。俺もどうしようもないんだよ。


 不安そうな彼女に心の中でだけ謝罪しておく。何とも不思議な気分だった。

 二人が席に戻ると早速『お化け』の話になる。

 ここのトイレ、ヤバイって! と潜めたふりの声音でミホは話している。

 リコは……リコは黙って少し首を傾げるだけだった。表情が見えない。

 結局、それからすぐにお開きになって四人は店を後にする。

 雑居ビルを出ると、消防車のサイレンがけたたましく聞こえてきた。


「火事かな?」

「あ、あれじゃない? 煙出てる」


 リコの指差す先には確かに黒々とした煙がネオンに照らされていた。


「どこかな? 近い?」

「野次馬、しちゃう!?」


 ミホがうきうきと皆を見渡した。


「やめときなよ〜……」


 先導するように歩き出したミホを追って、皆も歩き出す。


 次々と重なる消防車のサイレンが、スマホのアラーム音と重なった。




 なんだかじっとりと汗をかいている。

 リアルすぎる夢に寝た気がしない。あの後リコが、彼女たちがどうしたのか妙に気になった。

 夢に出てきた女性をまた夢に見る。これは良くある話なのだろうか。

 確かに、昨日の夢は衝撃的で、刺激的だった。もう一度見たいと、どこかで思っていたかもしれない。

 それとコンパの話が混ざって……そんな夢になったのかな。


 俺は小さく溜息を吐いて、ベッドを抜け出した。

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