◆ 5日目
一度ぐっすり寝込んでしまったためにかなり遅い時間まで寝られなくて、横になりながらスマホを弄っていたらいつの間にか寝入ってしまったらしい。
起きたらいつも置くヘッドボードではなく枕元にスマホが落ちていた。
なんだか久しぶりに普通に寝たような気がする。夢も見たが、見たということしか覚えてないような普通の夢だった。
ほっとしたような、少し寂しいような。
あの鮮烈な夢が少し色褪せた気になって、俺は長く息を吐き出した。
まだアラームが鳴る前だったけど、起き出して身支度を始める。
昨日残した仕事を片付けてしまいたかった。
ここ数日の出来事は、きっとストレスか何かが夢に現れたものに違いない。近いうちに本気でコンパを企画してもらおう。パッと騒げば忘れられる。
ジムに通うのもいいかな。体が疲れれば夢も見ずに寝られそうだ。
朝食のトーストは普通に食べられた。かなり腹が減っていたのでいつもは1枚で済ますのにもう1枚焼いてしまった。
習慣でテレビをつけると、昨日の火事のニュースをやっていた。怪我人はいるが、死者は出なかったらしい。他のビルへの延焼も無かったようだ。ただ、両隣のビルは放水を食らって水浸しになり、しばらくは営業は無理ですねぇ、と店主らしき人物がうっすらと笑顔でインタビューに答えていた。ご愁傷さまだな。
いつもより何本か早い電車に乗って会社へと向かう。
コンビニで昨日心配してくれた同期にとコーヒーを買い込んで歩いていると、ふと違和感を覚えた。
何だろうと思って少し注意して辺りを見渡すと、通りがかったビルに足場が組まれ始めている。
このビルは……
思わず足を止めてビルを見上げると、後ろで舌打ちが聞こえた。やばい。慌てて少し端に寄る。
このビルは確か、夢の中で彼女の働くビルから見た、全体が何かで覆われていた……
もやもやとしたモノが湧いてきて、喉の奥につかえているような気持ち悪い感覚に陥る。
いや、気のせいだ。
偶然だ。偶然。
自分に言い聞かせるように早足でまた人の波に紛れ込む。
違和感を抱えたまま、それを拭い去ろうと俺はいつになく真面目に仕事に取り組んだ。真面目に取り組んで、真面目に残業して、くたくたになってから家に帰ったのだ。
…・…・…・…
もう終わったものと自分を誤魔化していた俺は、眠っているはずなのにうっかり目を開けてざわりとした。
見えない腕に、鳥肌が立っている。
俺はまた彼女を見下ろしていた。
どうしてまだ彼女の夢を見るんだ。嫌でも彼女が電車に轢かれる映像が頭を過ぎって、全身が震えだした。
またあんなものを見せられるんじゃないかと、俺は焦って周りを確認する。
会社近くの最寄駅を出たところだった。
心なしか彼女は急いでいた。コンビニに差し掛かる辺りで鞄からスマホを取り出して時間を確認している。足を進めるたびに後頭部でひとつに纏めた髪が肩にぶつかって跳ねていた。
彼女がスマホを鞄にしまおうとした時、コンビニから飛び出すように出てきた男が彼女にぶつかった。
彼女は前のめりに転び、彼のコンビニ袋が落ちて中身が歩道に転がる。
「す、すみません! 大丈夫ですか?」
彼は彼女に手を貸して立たせると、自分の荷物を大慌てで拾い集めた。
「本当にすみませんでした!」
そう怒鳴るように言い残して、彼は駆けて行く。彼女は少し呆然としてその後ろ姿を見ていたが、すぐにはっとして自分も小走りになった。
俺はさっきまでとは違う震えを感じていた。まるで自分が走っているかのように心臓が速いリズムを刻んでいる。
俺、だった。
彼女にぶつかったのは、俺だった。
記憶を探り出す。何日か前、確かにコンビニから出たところで誰かにぶつかっている。土曜出勤だったのに前日に飲みすぎて寝坊して、間の悪いことにコンビニではレジがひとつ故障していて、思ったより待たされた。イライラしたまま飛び出したら、誰かにぶつかった。
彼女、だったか? 女性だったのは覚えてる。顔なんて見てなかった。服装なんてもっと覚えてない。悪いとは思っていたが、それどころじゃなかった。
半分パニックになって、気が付くと自分の部屋の天井を見つめていた。
あれはいつだった?
必死に思い出す。
――彼女がシャワーを浴びる夢を見た日の朝。
布団の中で嫌な汗をかいている身体がぶるりと震えた。
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