明かりを点けて欲しいの 前



 その日の夜はネックレスを着けたまま眠った。奏くんが、側に居るみたいで幸せな気持ちで眠ることが出来た。

 お守りみたい、なんて自然と笑みがこぼれた。

 そうだ、私が死んだらこのネックレスと一緒にお墓に入れて貰おう。なんて、いい思いつきをした日には体が羽のように軽く感じた。


「お母さんね、栞が好きになった人に一度会ってみたいわ」


 母が私にお願いをするのは珍しい事だった。


「優しい人なんだぁ。きっとお母さんも気に入ってくれるよ」

「それは間違いないわ。だって、栞が笑うのはその人のお陰だもの」


 それじゃあ私が今まで笑ってなかったみたいに聞こえるよ。


「今日も行くんでしょ?」


 ちらりと屋上を見上げた母は、嬉しそうに笑う。


「う、うん。来てくれるかなぁ、お願いしてみるね」


 奏くんをお母さんに紹介する、なんて想像したら……なんだか結婚相手を親に紹介する大人達が思い浮かんで、顔が熱くなった。


「私ちょっと散歩してくる!」

「あらあら」


 奏くん、来てくれないかな。

 私はいても立っても居られなくなって、まだ待ち合わせの時間まで余裕が有るにも関わらず、屋上へと歩いた。


「会いたいよ……」


 屋上から他の病棟を見渡して、奏くんが居る部屋をついつい探してしまう。

 奏くんは、どうしてか部屋が何号室にあるのかを教えてくれない。


「教えてくれれば会いに行けるのに……」


 思えばそれとなく聞いてみた事もあったけど、上手くはぐらかされてばかりだった。

 隠し事なんて、奏くんらしくない。一度そう思うと、少し腹が立ってきた。


「よし、探しに行ってみよう」


 屋上の階段を降りて、五階南の病棟へと進んだ。


「あの、遠坂とおさかかなでさんの部屋は何処ですか?」


 詰め所の看護師さんにそう尋ねると、何故かその場に居た皆の手が止まった。尋ねられた看護師さんは、苦い表情をしている。


「あの……」


 反応から見るに、知らない訳ではないのだろう。けれど、返事はなかなか返って来ない。


「遠坂さんは……今、リハビリに行ってらっしゃいます。今日はまだ帰って来られないかと思います」


 それは、絞り出したかのような声だった。


「そうですか、分かりました」


 会えると思ったのに、残念だ。待ち合わせの時間まで待つしか無いのだろうか。

 私が詰め所から離れると、看護師さんがほっと息を吐き出しているのが見えた。何を隠しているのだろう? 私は興味をそそられた。折角なので部屋だけでも見つけて帰ろう。

 屋上のあの椅子が見える部屋は、角度的に廊下の奥だろうか。

 突き当りまで進むと…………確かにあった。

 515号室、遠坂奏。


「奏くんの部屋だ」


 中を見てみたい、そう思ったのが間違いだったのだろうか。好奇心に負けた私は、そっと音が鳴らないようにドアを開くと、体を中に滑り込ませた。


 …………………………え?


 奏くんがリハビリに行ってるなんて、嘘だった。

 だって、奏くんはここに居るもの。


「奏、くん?」


 返事は帰ってこない。近づいて顔を覗き込むと、彼は深い眠りについているようだった……。

 そして、体には何重ものラインが伸びていて、モニターが彼の様態を観測していたり、顔を覆うように人工呼吸器が取り付けられている。


「奏くん? どう……したの」


 声は震えていた。でも……、届いてしまった。

 届かなければ、……良かった。


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