涙
◇
『その血を飲めば不老長寿を手に入れられよう。その肉を喰らえば不死を手に入れられよう。
人魚の血肉を取り込んだ者は、その血が特効薬となることを知るがいい。長き人生で救いたい一人だけに与えるとよい。一度だけ願いは叶えられるであろう。
ただし、不死を失う覚悟で飲ませろ。願い叶いし時、海に決別をしなくてはならない。力ない人魚の偽物は、海に入れば泡となろう』
かつて大婆様が魔獣となる前に教えてくれた人魚の伝説。ならば、私は泡となる運命だろう。
泡になることくらい、ミルロの悲しみに比べたら可愛いもんだ。
「父上、二人のこと頼みます」
未来を救うためとはいえ子供たちに寂しい想いをさせてしまうこと、それが気がかりでならない。
「夫婦揃ってどうしようもない親だね。あんた達の成長が見られないなんて、ひどいよね」
「ベティ」
「どうか……私が愛したことだけは覚えていて欲しい。二人、幸せを見つけて。ミルロが作り出した平和を感じて生きて」
ミルロと二人きりで話をした後、すぐに彼女はボニート村を出ていった。どこか誇らしげで、小さい身体なのに大きく見えた。
そしてすぐに噂が村に届く。姫巫女の死と、魔王が封印されたという話だった。
再び訪れた平和に世間は盛り上がりを見せていたが、私たちの村は静かなものだった。
姫巫女の死に、手放しで喜べる奴なんて一人もいない。
心優しい海賊。私の自慢の……家族。
「父上、儀式に向かいます。どうか、お身体に気をつけて」
「ああ。お前も」
どんな言葉をかけたらよかったのか。病気で亡くなった母上だったらわかるだろうか。
きっと生きているうちに、会えるのはこれが最後。子供たちにも。
人魚の力を取り込むと、長い時間眠ってしまうらしい。起きた時に私を知る者はいなくなっている。
大丈夫なんだろうか。私はミルロの想いを継いでいけるだろうか。
駄目。弱気になっては、駄目だ。
出来る。私にしか出来ないことだ。
心残りがあるとすれば、子供たちの成長が見られないことだ。きっと彼らの死をも見られないだろう。
「ベティ、迎えに来た」
あの日と同じ人魚が海から私を呼んだ。これから何が起こるのかわかっているんだろうか。
「他の人魚たちは?」
「皆、魔獣となってしまった。ワタシが最後の一人」
「じゃあ……」
「覚悟は出来ている。お前のために、未来のために――――」
「ごめん……いや。ありがとう」
私には彼女が笑ったように見えた。
こうして私は長い眠りについた。人魚達があらかじめ用意してくれた祠で、とても長い夢を見た。
ミルロと魔王が手を繋いで歩く、幸せそうな夢を……。
・・・
目覚めてからも、途方もない時間が私の周りで流れた。多くのものが変わっても、私だけは変わらなかった。
ミルロの作り出した平和な世界をただ生き、悲しみすらなくなった頃。
私は異国の少女に出会う。
助からないと判断出来るほどに傷だらけ。
涙が出た。彼女はとてもミルロに似ていたから。自らの運命と戦う姿が、ミルロそのもので……。
彼女を助けたら、私はすぐにでも泡になろうと思っていた。でも何かが私の中で変化を遂げた。
「友達になりたい」
海に還るのはまだ早い。彼女の幸せを見届けよう。
「構わないだろう、ミルロ?」
見ることの叶わなかった平和な未来を手土産に、そっちに行くよ。だから、もう少しだけ。
「生きたい」
これ以上生きることは罪だろうか。それでも穏やかな海に、私は思う。
姫巫女ミルロが愛した世界が、平和になることを願って。魔王や勇者、姫巫女が悲しまなくて済む、本当の終わりを目指して。
「一緒に戦おう」
お前だけに背負わせはしない。
必ず、平和を勝ち取ってみせる。
END
偽りの人魚姫 和瀬きの @kino-kinoko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます