◇


 姫巫女がボニート村に到着した後、そのまま屋敷へ入っていったのだろう。そう予想するするも、私はなかなか動けずにいた。

 私の心は曇ったまま。


 私は一応、頭領の娘。高い位に居るからには、それなりの礼儀を持たなければならないんだろうが。


 姫巫女ミルロはしばらくボニートに滞在するんだろう。逃げていたっていつかは会わなくちゃならない。

 それでも会いたくなかったのは、きっとミルロからあの言葉を聞きたくなかったからだ。


「はあ」


 自然とため息が出る。


 薄く晴れ間が見える。しかし、昨日降った雨のせいで波は高く濁っていた。浅瀬ではいつも人魚たちが泳いでいるのに、今日は誰もいない。


 鱗に覆われた尾は人魚たちの象徴。

 器用に動かして泳ぐ姿は本当に美しい。もちろん、その容姿も目を見張るほど。

 見ているだけで幸せな気持ちになれるのに、今日に限って静か。


「そういえば……」


 私は服の隙間に入れておいたお守りを取り出す。青い袋と赤い袋。

 まさか二つも渡されるなんて思わなかったから驚いた。貴重なものだからこそ、持っているだけで緊張する。


 人魚の涙は生まれる時に一粒だけ流すものだと聞く。それ故に希少価値が高い。持つ者の命を一度だけ救うのだとか。


「渡さなきゃな」


 もういい加減、屋敷でミルロの話を聞かなければならないだろう。覚悟を決めなければ……。


「やっと会えたわね、ベティちゃん」

「とんでもない大物が釣れたな」


 浜辺から突き出た岩の先。危険なこの場所に姫巫女自らが顔を出すなんて、本当にどうかしている。


「怪我されちゃ困る。屋敷に行こう」

「ベティちゃんと二人で話したいのよ。あの場所に連れて行って」


 振り返ると視界は一気に青く染まる。巫女服に包まれる幼い顔立ちの少女。袴も青ならば、髪も、瞳も青い。


 それは姫巫女である特徴。証。これほどまでに、悲しく見える青なんてなかった。


「私みたいに赤髪ならよかったのに」

「なんの話?」

「うるさい、黙れ!」

「ま。ベティちゃんったら、相変わらず口が悪い」


 確かにそうだ。言い返せない代わりに、私はミルロの手を引っ張る。


「あー、もう! 乱暴」

「いつもの場所に行くんだろ!?」

「穏やかに行きたいの」

「それは諦めろ」

「意地悪!」


 ベティよりも十歳ほど違う幼いミルロは唇を尖らせた。十四歳か……。


「若すぎるな、ミルロは」

「オバサン発言しないの」

「殴るぞ」

「もう、友達に対して脅しはなしよ」


 冷たいミルロの手を握りながら、友達と言ってくれたことが嬉しくなる。この熱が伝わりそうで、私は慌てて手を離す。


「え、なに? なんなの?」

「ミルロ」


 振り返ると、太陽に照らされた彼女がいつもより輝いて見えた。遠くに行ってしまいそうな笑顔が悲しい。寂しい。

 でも悟られないように精一杯の笑顔を作る。


「会えて嬉しいよ、ミルロ」

「うん、ただいま。ベティちゃん!」


 彼女を守りたい。心からそう思った。


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