恋
◇
もしかしたらミルロと話せるのは今しかないかもしれない。
大広間から私の自室に入り、まるで友達同士が秘密を共有するかのように膝を突き合わせる。
私はミルロが戦っている間にどうしていたかを話した。
「わたしのせいにしないでよ」
「子が見たいと言うから、頑張ったんだ。褒めろ!」
「ふふ、サルモンさん。さぞびっくりなさったんでしょうね。ベティちゃんから誘ったんでしょう?」
サルモンから誘ってくれるように、色々やってみた。
露出のある服を着てみたが、いつも通りで何も変わらない。髪型を変えてみたが、反応がない。普段やらない化粧をしたら、笑われた。
だから私から誘ったんだ。もう恥ずかしいったらありゃしない。
「ベティちゃんらしい」
「ふざけるな。恥ずかしくてそれどころじゃなくなったぞ」
「まあ、結果的に可愛らしい双子に恵まれたんだから、よかったじゃない」
確かにそうだ。だけど、もう少しロマンがあってもよかった気がする。
「で。ミルロは?」
「わたしも恋をしていた。でも叶わなかった」
「前に言ってた……勇者様のこと?」
そう言うとミルロは首を横に振る。ミルロは一体、どれだけの人に恋をしているのか。
「違うわ。わたしは一人にしか恋をしたことがない」
私の心を読み取ったのか、ミルロが真剣な目で答える。私はただ謝るしかなかった。
「あなたにだけは話す。でも、これは口外しないこと。絶対にね」
「そりゃ言わないけど。どうして?」
「わたし、魔王に恋をしていた」
思い込みってのは怖いって思った。過去の記憶を遡ってみても、ミルロは勇者が好きだとは一言も言っていない。
誰が好きだとか、そういった深い話はしていなかった。
ずっとミルロは魔王を愛していた。
だとしたら、ミルロはずっと好きな人を倒すために戦っていたというのか? こんな悲しい運命、こんな重いものを背負っていたのか?
「世間では魔王なんて言われてるけど、彼だって普通の人間だったの。どうやって魔王になるのかはわかってない。それがわかれば、この先の幸せがあるのかもしれないけど」
「ミルロ……」
「わたしが恋した青年が、たまたま魔王へと変貌しただけ。でも世間は魔王を倒さないと許してくれないのよ」
世間は確かにそうだ。本当のことは知らないし、知ったとしても信じられないだろう。彼らは平和を待つだけなのだから、魔王たった一人の命なんてどうでもいいんだろう。
私だって、そう思っていた一人。事実を知らなかったんだから。
「ミルロ。よくわからないけど、私や父にも魔王になる可能性があったってことか?」
「……そうね。そうなるわ」
「魔王がどういうものか、もっとみんなに……」
「無理よ。言ったでしょ? どんなに説明したって信じない。みんな、魔王が死ぬことを願っているの」
今まで、私は人前で涙を流したことがなかった。でも、あまりにも辛い決断を聞いて心が苦しくなる。
「大丈夫。二千年ごとに魔王が現れるって言われてるでしょ?」
「ああ」
「わたしと彼でそれを止めるつもり。出来るだけ長い時間の平和を作り出す。逃げてるって言われるかもだけど」
「そんなこと、私が言わせない」
ミルロもついに泣き出した。
これが最後になるみたいで嫌なのに、涙が止まらなくなる。
「弱い姫巫女で、ごめんなさい」
前代未聞の決断。こんなわたしと勇者様を許して欲しいとミルロは言う。
「わたしはこの命をもって魔王を封印します。一時的に魔王誕生の周期は止まるでしょう。ですがいずれ復活します。討伐は後の勇者様と姫巫女に任せることになるでしょう」
私に任された使命は、不老不死になり後の姫巫女を救うこと。
ミルロには未来をみる力がある。全てを見透せるわけではないが、断片的なものを夢として見る。
それが遥か未来の姫巫女の死と、世界の終わりだった。
「ベティちゃん。あなたはボニートの海岸に流れ着く異国の少女に出会うでしょう。世界を救う要となる人物。彼女を救って」
人魚の力でしか救えないと、ミルロは切なそうに言っていた。
こうして私は未来のために生きることになった。
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