終わり良ければ総て良し

 座談会で番外編を締めくくります! 毎回聞き手を誰にするか迷いますね。今回はドウジュ、実業家仲間のステファン、リュックの弟で文官のクリストフの三人の候補で考えていて、結局ドウジュに決定しました。




***




― 王国歴1043年 秋


― サンレオナール王都 アントワーヌの別宅



 ここは王都プラトー地区にあるアントワーヌの隠れ家である。ドウジュとクレハは王都に滞在する時はここを拠点にしている。先程アントワーヌとフロレンスが訪れてきた。


「何なのドウジュ、僕達二人をここに呼び出すなんて珍しいね」


「ようこそいらっしゃいました。お入りください」


 三人は居間に入り、ドウジュがお茶を淹れた後、彼は夫婦の向かいに座る。


「ご無沙汰しております、奥様」


「ええ、本当に久しぶりですこと、私が貴方に会うのはね。クレハも元気?」


 フロレンスが面と向かって彼に会うのは久しぶりだが、もちろん隠密のドウジュは彼女の姿を良く見かけている。


「はい、お陰様で元気にしております」


「ドウジュ、僕達に話って何?」


「王国シリーズ恒例の座談会を開くことになり、私ドウジュが聞き手という大役に任命されました。私自身、若と奥様にお話を聞くのは私以上の適任者は居ないと自負しております。若のことは誰よりも良く存じ上げておりますから。あ、もちろん奥様の次にです」


 フロレンスはクスリと笑い、夫の横顔を見た。彼女の視線に気付いたアントワーヌもそちらを向いて妻に微笑みかける。


「そうだね、ドウジュとクレハさんのことを話せない人には僕達の全ては語れないね」


「さて、始めましょうか。まず簡単な自己紹介をお願い致します」


「アントワーヌ・ソンルグレです。宰相室補佐官を務めています。王国西部ペルティエ領でペルティエ男爵の次男として生まれ、十二までそこで育ちました。ドウジュと出会ったのは十歳の時だったね。それから貴族学院に入学するために王都に出てきて、以来王都に住んでいます。フロレンスと結婚後、ソンルグレ侯爵家に夫婦で養子に入り、養父から侯爵位を数年前に継ぎました。色々話すと長くなるからこの位にして、家族についてはフロレンス、貴女が話して下さい」


「はい。フロレンス・ソンルグレ、侯爵夫人です。ルクレール侯爵家の末っ子として王都で生まれ、ずっと王都で育ちました。学院最終学年の時にアントワーヌと出会うも、卒業後は婚約者のガスパー・ラングロワに嫁がざるを得ませんでした。夫婦の間には一人息子のナタニエルが居ます。その後ラングロワは数々の罪で捕らえられ、離縁が成立しました。これもドウジュが色々と働いて下さったおかげですわ。そしてアントワーヌに嫁ぎ、彼との間に二人の娘、ローズとマルゲリットを授かりました」


「『フロレンスの家』の園長という肩書を言い忘れたらいけないよ」


「ええ、そうですね。下の娘が初等科に進んでから、以前からずっと計画していた被害者保護施設を設立して、そこの園長を務めています」


「フロレンスは家族の次に仕事が大事なのだから」


「まあ、アントワーヌ、貴方もそうよ」


「本編では御結婚まで波乱に満ち満ちていましたが、今は落ち着いてお二人共仕事も充実しており、しばらく平和ですね」


「事件が起きないからドウジュもあまりすることがないよね……僕が時々政治的な用件で仕事を頼むくらいだから」


「そうはおっしゃいますが、少し前まで家出常習犯ナタニエル様を追いかけて私は割と忙しくしておりました」


「まあそうだったわ、うふふ」


「難しい年頃だったよね。でもナタニエルも反抗期を経て一回り成長したよ」


「ナタニエル様は御両親にどれだけ愛されておいでかちゃんとお分かりでしたよ、反抗期の間もずっと」


「ちょっと複雑な事情があるからね、我が家には。特にナタニエルはラングロワ姓で生まれた後、三回も姓が変わっているし、胎児の頃からの記憶まであるし」


「けれどそのお陰もあって、ナタンは血の繋がりのあるなしに関係なくたくさんの家族に恵まれているわ。ありがたいことよ」


「ドウジュのことも知っているしね。クレハさんとの関係も。君達の名前までは知らないけれど」


「はい、隠密としては非常に情けないことに、私は何度もお坊ちゃまに目撃されて話しかけられたことも度々あります」


「彼は瞬間移動が出来て、空も飛べるのだからしょうがないよ」


「小さい頃はかくれんぼの得意なお兄さんがいます、って言っていたのよね」


「初めて背後にいきなりお坊ちゃまが瞬間移動で現れた時には肝が冷えましたよ……」


「ははは」


 一同は昔を懐かしんで少しの間沈黙が続く。




「さて、若はこの話の主人公ですが、番外編『過ちては改むるに憚ること勿れ』以降はルクレール侯爵夫妻に振り回される役でしたね。一体どっちが主役なんだ、なんて読者の皆様には思われていたかもしれません」


「そうね、最近の番外編で珍活躍していたのは兄とアナさんばっかりで、主人公の貴方は大迷惑をこうむっているだけでした。私だって女主人公なのに……出番もあまりなかったですし……」


「まあしょうがないよね。僕は他の女性の下着を手に取ったり、匂いを嗅いだり、ポケットに入れたりしませんから、まず事件に発展しないのですよ」


「ハハハ……あの一連の話は『蕾』のネタバレが満載なので本来彼らが主人公の『奥様は変幻自在』に番外編として掲載するのは無理だった、という作者のコメントが取れています」


「そんなところだろうと思った。僕はあの貴重なドレスが手に入ったから満足だよ。それにね、あの件では後日国王夫妻からお礼まで言われてね。義兄上を問い詰めたらすっごく面白かったって」


「それに最後、若には他にも意外な御褒美がありましたしね」


 ドウジュはそこでフロレンスに軽くウィンクしてみせる。


「もう、イヤだわ……ドウジュったら……」


 真っ赤になったフロレンスに、アントワーヌも『職場プレイ』のことだと察しニッコリ笑って妻の手をさらにしっかり握りしめた。もともと馬車を降りた時からずっと手を握っていたふたりである。


「奥様は初々しい純情そうな顔をしているのに実は案外肉食系という王妃様とルクレール侯爵の証言もありますね」


「だって、アントワーヌが見た目通り草食系ですから、ここは年上の私が導くべきかなって……」


「そういうところがルクレール家の血でしょうか」


「ねえ、ちょっともうこんな話やめようよ……」


「コホン、失礼致しました。では気を取り直して、お二人の将来の夢、目標、計画等がおありでしたらお聞かせ下さい」


「今、宰相補佐官でゆくゆくは副宰相の席にも着けるかもしれないのだけれど、僕が出世をしたいのは法を大幅に変えたいからなんだ。とりあえず婚姻に関する法律は僕や同僚達の頑張りもあって、段々と男女平等になりつつあるよ。以前は女性側からはまず離縁申請出来なかったけれどね」


「昔の私のように不幸な結婚に縛られている人が一人でも減るといいわね……」


「うん。学生の頃からずっと考えてきたことが少しずつ実現しているという手応えは大いにある。僕はもっと女性の地位向上を目指すよ」


「若が王国を動かすまでの人物に成長されるということは、出会った時に既に私も里の長である父も分かっておりました」


「まあ、そうでしたの……」


「僕はまだまだ未熟者だよ。さて、個人的なことではね、三人の子供達の成長を見守るのが何よりの楽しみかな。ナタニエルは魔術師でしょ、ローズは文官になって司法院に勤めたいらしい。末のマルゲリットは何になりたいんだろうねえ、ドウジュ?」


 アントワーヌはそう言ってドウジュに微笑みかける。


「どうなのでしょうね、末のお嬢さまは……さて、奥様の目標は『フロレンスの家』の事業拡大でしょうか?」


「ええ。当初予想していたよりもずっと入所希望者が多くて、それだけ助成が必要な社会にも問題はあると思うのです。私もまだまだ力不足を感じています。それでもね、私の所へ駈け込んで来たお陰で新しい人生に踏み出せた人々を見るのがとても嬉しいのです。今は職業訓練や仕事の斡旋にも力を入れています」


「『フロレンスの家』がここまで大規模な施設になるとは実は僕も想定していなかったよ。僕まで誇らしい気持ちになれるね」


「これも全て貴方の尽力のお陰よ。貴方が居たからこそ私はここまで来られたのだから」


「フロレンス……」


 見つめ合ってアツアツ状態に突入しかけている二人である。ドウジュ他、夫婦の周りの人間はもう慣れている。


「さて、イチャラブモードになりつつあるので丁度いいです、お二人どう呼び合っておいでですか?」


「僕はフロレンス、貴女、時々僕の愛しい大輪の花とも言いますね」


「恥ずかしいわ。アントワーヌったら、私がいくつになってもそんな呼び方するのよ」


「だって貴女は出会った時からずっと僕のただ一輪の花ですから。いつまで経ってもそれは変わりませんよ」


 アントワーヌはフロレンスの方に向き、彼女の頬に手を触れる。


「私がおばさんになっても? あっ、もう十分おばさんですけれどね」


「貴女がおばさんなら僕もおじさんですよ。年々歳の差は縮まっていますから」


「私も十分いいオッサンですが……奥様は若のことをどうお呼びになっていますか?」


「私はアントワーヌ、貴方と」


「結婚前に一度だけ、私の完璧主義者さん、と呼ばれたこともあります」


「まあ、そんな昔のこと……」


「貴女のことなら何でも覚えていますよ」


「うふふ……」


 二人の世界に入り込んでしまいそうなところ、ドウジュは遠慮がちに声を掛ける。


「あのう、若……」


「そうそうドウジュ、呼び名と言えばね、いつまで僕のこと若って呼ぶのさ? もう若って年でもないよ、僕。クレハさんだってまだ若さまって言うし」


「では御主人様とか旦那様? どうも違和感が否めないですね」


「うふふ……」


「御館様? 殿? 上様? 御老公?」


「そんな呼び方したら、ドウジュのことはハットリくんとか半蔵って呼ぶよ!」


「お頭、先生、社長、大将、親分?」


「何か違うわ、ふふふ」


「……もういいよ、好きなように呼んでも! 義兄上だって僕の顔見る度に違うあだ名を付けてくれるし」


「そうでした、今回全て数えてみたのです。本編では間男少年、童貞君、ショタ君、ペナルティー、年下野郎、青の君、石橋ワタル君、したたか君、腹黒少年、本命君、策略家、頭でっかち、ソンブレロ、発情期野郎、義弟おとうとくん、厄介な小舅君の計十六通りでした。番外編では桃色遊戯男子、通い婚くん、タヌキ文官、隠密少年、鬼の次期副宰相、隠れムッツリ君、極悪補佐官、策謀家の義弟の計八通りもありました」


「二回だけだよ、本名で呼ばれたのは!」


「あだ名の方はこれからもまだまだ増え続けることと思います。愛されてますね、若」


「もう、やめてよドウジュったら!」


「でも本当よ、お兄さまはアントワーヌのことをそれほどまでに愛しているのよ」


「えっ、フロレンス、貴女まで!」


「ハハハ、そろそろお開きにいたしましょうか。お二人共ありがとうございました」


「ドウジュ、こちらこそありがとうございました。楽しかったわ」


「……ありがとう、ドウジュ」


 ニコニコしているフロレンスに対し、釈然としないアントワーヌであった。




― 終わり良ければ総て良し 完 ―




***ひとこと***

遂に番外編の方もこの座談会で終わりです。最後の最後まで読んで下さってありがとうございました。これでやっとこの話も「奥様」の方も本当に完結です!

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