ゲイシャロボット VS ニンジャ

「馬鹿かよ、わざわざ災厄を持ち帰るとは」

おれは、そう言い放つと金髪の野獣たちの前に立った。

霊柩車のように黒く武骨なフォードから降り立ったベビーフェースは、天使のように整った顔に苦笑を浮かべる。

肩にはドラム弾倉をつけたトンプソンSMGを担ぎ、月の光のように金色に輝く髪の下で青く光る瞳を少し曇らせた。

「おいおい、おれたちが何を持ち帰ったのか判っているのか」

「そもそも」

ダークスーツを身につけ、マシンガンを肩から吊るした屈強の男たちは車から札束の詰まった袋をいくつも下ろす。

「今時、紙屑同然の価値しかない札束を列車強盗なんていう時代錯誤なやりくちで手に入れるのも間抜けだが」

「言ってくれるね」

「そいつはなんだ」

おれはいつものように、黒の着流しの腰に村正を一本挿したスタイルで一歩前に出る。

大きな箱が車から下ろされた。

四人がかりとは、かなり重そうだ。

男たちはそれを隠れ家としている、山荘へと運び込む。

「あれか、開けてみれば判るさ。あれはまあディザスターなんかじゃあない」

ベビーフェースは無造作にトンプソンを撃つ。

45ACPという馬鹿でかい銃弾が蓋についた鍵を打ち砕く。

蹴り開けられた蓋から中が見える。

それは。

夜が果てにたどり着き、陽が昇る寸前の最も昏く深い闇の奥で。

艶やかといってもいい、花を狂い咲かせた。

「おんながディザスターを運んでくるというのであれば、おれも同意するが」

ベビーフェースは、銀幕に登場するヒーローのように華やかな笑みを浮かべている。

「こいつは、ディザスターなんかじゃあない。ただのおんなだ」

おんなは。

箱の中からゆうるりと立ち上がる。

そこが紅い光に彩られた花街であるかというように。

艶かしく悩ましく、狂い咲いて美を惜しげもなくまき散らしながら、一歩前へ出る。

月の光の下に、おんなの姿が現れた。

おとこたちは、ふうとため息を漏らす。

おんなは東洋風の着物を身につけている。

そこには、夜闇の中で血のように紅く染まった桜の花びらが命を撒くように散っていく様を描き出されており。

滅びゆく儚さや、一夜の夢が持つ虚しさをこそ写し取っていた。

おんなの髪はゲイシャのように見事に結い上げられており、手にはシャミが提げられていてその姿はこの山奥の山荘には不似合いであったが。

おんなはこの空間をその着物に染められた紅い血の色で支配していったため。

不思議と場にあっていた。

ベビーフェイスはくすくすと笑いながら、語る。

「お前のネイションと一緒のところから来たおんなじゃあないのか、サムライボーイ」

「そうかもしれん。が、言っておくが」

おれは村正の鯉口をきる。

かちりと、冷酷な音がする。

「おれは、サムライじゃあない。ヒトキリだよ」

「おいおい、おまえがなんだろうと、どうでもいいが、カタナを抜くこたぁないだろう」

ベビーフェースは煙草に火をつけ、ふうと紫煙を吹き出す。

「華僑がロスチャイルドに送るプレゼントだったらしいのだが、おれがいただいた。こいつはおれのだ。文句はないなサムライボーイ」

「死ぬだけで済めば、文句は無いが」

おれは村正を抜き放つ。

すらりと。

冷たい鋼鉄の輝きがあたりに、放たれた。

おんなが撒いた紅い光を切り裂くように。

「そうもいかないようだ」

香りであった。

それは、無慈悲にひとのこころに忍び込み、そして容赦なくそれを組み伏せる。

おんなの香りは、魔が放つそれであった。

誰も逆らうことのできない、肉の欲望を掻き立ててそれが意識を闇に飲ませてしまうような。

そんな香りをおんなはその、陶器のようになめらかで光を帯びた肌から放っている。

おとこたちのこころは、崩壊していた。

おんなはシャミを手に持ち上げ糸を指で弾く。

澄んだ音が夜闇を貫いた。

ベビーフェースも既に、こころを失っている。

糸が爪弾かれ、音がきぃんと夜に響くたびに。

おとこたちはぴくりと蠢いた。

操り人形のように。

呪術に支配された、しびとの奴隷のように。

おんなはその美しく整った顔に、はじめて怪訝な表情を浮かべた。

「きかないのですね、あたしの術が」

おれは青眼に構えた村正をおんなに向けている。

「阿片であろうと大麻であろうと、身体に慣らしてあるからな。そうはきかんさ」

おんなは、少し寂しげな笑みを浮かべた。

薄く切れ長な瞳は冬の夜に輝く酷薄な光を帯びる。

おんなは、シャミを掻き鳴らした。

じゃんと。

夜の海を渡る波のような音があたりに響き渡ってゆく。

それは、おんなの肌が放つ魔の香りと巧みに絡み合いながらあたりを水のように浸していった。

じゃんじゃんと。

鳴り響く音に操られ、おとこたちが動きだす。

その数は七人。

ベビーフェイスも、夢に囚われた顔となっておれのほうへトンプソンの銃口を向けた。

おれは、下駄を脱ぎ足袋で地面を踏む。

村正を掲げ水平に構える。

そして、気を冷めた輝きを放っている村正へと注ぎ込む。

村正はそれに応えるように、光を増した。

それは、夜の闇を引き裂く夜明けの輝きのように。

あるいは、闇の彼方より出でて闇を殺してゆく彗星の光のように。

村正は獣の咆哮にも似た光を放つ。

おとこたちは、おんなの掻き鳴らすシャミの音に操られ、おれに向かってマシンガンの銃口を向けていたが。

おれの構えた村正を見ると、操りの糸が切れたように唐突に動きを止める。

心の一法。

おれが身に付けた二階堂流剣術の技だ。

刀に気を乗せると、光は気を瞳から脳のなかへと伝える。

直接、脳内へと叩き込まれた気は脳をゆさぶると意識を消し飛ばす。

おんなはおそらくその着物に大量の麻薬を染み込ませているのだろう。

肌は、その麻薬を溶かしからだの香りと混ぜ合わせあたりに解き放つ。

その独自に調合された麻薬は、ひとのこころを溶かしてしまう。

こころを溶かされたひとは、シャミの音に操られるようだか。

心の一法はその支配されたこころですら、消し飛ばす。

おれはそのまま、村正を振るった。

七人のおとこたちは、血の海へと沈んでゆく。

村正は、鮮やかにおとこたちの身体を引き裂いた。

手足が切り跳ばされ、内臓が床をのたくる。

死体からはみ出た臓器が床に撒き散らされた。

おれは、血を存分に味わった村正をおんなに向ける。

おれは、ぽつりとおんなに語りかけた。

「おれの名は百鬼という。おまえの名をきいておこうか」

おんなは、整った顔にどこか寂寞とした笑みを浮かべる。

「あたしは傀儡でありますから。

名などありません」

おんなは、シャミを構えた。

今度は、さっきと違い幾つもの音が絡み合っている複雑な楽曲を奏ではじめる。

速く緩く、激しくひめやかに、夏の陽射しと冬の凍てついた星の輝きが渾然一体となったかのような。

音の塊がおれのこころへとくい込んでくる。

突然。

音が色を持ちあたりを染め上げはじめた。

景色が様々に変化してゆく色の塊に溶かされてゆく。

おれは、おんなの術中に堕ちてしまったのだろうか。

金色の高音が光の矢となってあたりを切り裂いてゆき、深海の青が低音とともにあたりを飲み込んでゆく。

虹色が螺旋となり壁を砕き、水晶のような銀色が床を沸騰させ、燃えさかる紅が天井を支配した。

金色が青色が赤色が紫が濃紺が朱色が格子となって部屋を閉ざしてゆく。

おれのこころは。

おんなに支配されてはいないが、無限に続く夢にさらされどこまで正気を保てるか疑問だ。

おれは再び村正に気を注ぎ込む。

おんなは寂しげに微笑むと、おれに語りかける。

「貴方の術は、傀儡であるあたしには効きません。はじめからひとの意識は持っていないのです。無いものは崩せませんよ」

おれは目の前で水平に村正を構えた。

光は凶悪なまでにあたりへ撒き散らされている。

「傀儡であろうとひとの姿をしていればひととしての理に縛られる。だから」

おれは、村正を上段に振りかぶった。

「おれは斬ることができる」

おんなの奏でるシャミの音が、絶叫のように高まっていった。

そしておれの振り降ろす村正も、凶悪なまでに光を帯びて空を裂いてゆく。

シャミが切り刻まれ悲鳴をあげながら破壊された。

おんなは、左手で右手の手首を掴むと右手を自身の腕の中から抜きとる。

義手であった右手は操りの糸を空へと解き放ちながら、中に仕込まれていた短剣を引き摺りだす。

その短剣の鎬に村正がぶちあたり、村正はへし折れた。

おんなのふるう剣をさけおれは後ろにさがる。

村正はへし折れたが、残った刃はおんなの帯を両断した。

おんなの夜を紅く染める着物がふわりと、凶鳥が羽ばたく翼のように黒く朱く広げられる。

そして、着物の下から緋色の襦袢が血で染まった湖のような色を覗かせた。

「あきらめたほうが、よろしいですよ」

おんなは相変わらず、寂しげな微笑みを浮かべたまま、おれに言った。

「術にかからずとも、身体とこころを切り離すくらいはできます」

なるほど、おれの身体はいうことをきかなくなっている。

それでもおれは、折れた村正を目の前に構えた。

「無駄です」

おんなは、右手に仕込まれていた短剣をおれにむかってくりだす。

剣は。

おれを貫いたはずだった。

おんなは、掻き消すように消えたおれを探し振り向く。

おれはもう。

おれの身体を支配していない。

心の一法を自分にかけ、おんなの術で支配されたこころを消し去った。

その代わりおれを今動かしているのは。

この世のはじめからいる、怪物。

「クグツデアルノハ、オレモオナジ」

おれを支配する怪物はそういうと、臑にくくりつけてあった粟田口吉光を抜きはなつ。

ああ。

おれには見えた。

この世のはじめからいる、その怪物が斬り続けてきた死体の山が。

その呪咀が、怨念が瘴気となって空を焼き焦がすのを。

おれは見た。

おんなは再び手にした剣をおれに向かって突きだしたが。

それは、単に三つに別れたおれの残像を貫いたたけだった。

粟田口吉光が、おんなの首筋をさく。

おんなは、紅く命を撒き散らしながら。

夢みるように寂しげな笑みをそっと浮かべると。

静かに。

自身の撒いた紅い湖へと沈んでいった。

そして、おんながまとう朱の襦袢はゆるゆると紅い湖の中へと溶けていったのだ。

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