第4話

 魔女の魔法で人間になったわたしは、豊洲のホームセンターへ行って牛刀を万引きした。かつてのわたしとうりふたつな牛刀。和包丁よりも刃先が鋭く尖っていて、相手を刺すのにちょうどいいカンジ。刃には鍛冶の銘が刻まれてた。

 人間になってみて、初めてわかった。わたしにこの牛刀の声が聞こえないように、この牛刀の心がわからないように、彼にもわたしの気持ちなんて、これっぽっちも伝わっていなかったんだ。

 なんてピエロ。あんまりおかしくって涙が出ちゃう。

 でも、だからこそ、今度はちゃんと――

 家の場所は憶えてる。彼はまだそこに住んでいるようだった。表札に彼の名前があった。呼び鈴を鳴らすと、もう何日も寝てなさそうな顔の彼が玄関に出て来た。

「……えっと、どちらさま?」

 覚悟していたはずなのに、その一言でわたしは思わず泣きそうになった。

「わからない? わたしがわからない?」

「もしかして、小学校のクラスでいっしょだった――」

「違うわ」

 わたしはふところから牛刀を取り出して、彼に突きつけた。

「な、何をっ」

 彼はあわてて玄関を閉めようとするけど、彼を突き飛ばしてなかに転ばせ、逆に玄関のカギを閉めてやった。これでもう逃げられない。

 わたしは馬乗りになって彼を押さえつけた。

「ひっ――待ってくれ! 殺さないで」

「殺す? ……いいえ、そんなことしないわ」

 わたしは牛刀を持ち替えて、柄を彼のほうへ向けると、その汗ばんだ手にムリヤリ握らせた。

 そしてそのまま、刃をわたしのおなかに突き立てさせた。

 これが、痛み――すごい。ああ、痛い! 痛い!

  細かい感触なんて何もわからない。肉をかきわける刃の感触も。かき乱される内臓も。血の生暖かさも。腸からあふれる糞便の柔らかさも。ただ痛くて痛くてたまらなかった。痛くて、痛くて、もう死にそう。

 だけど、わたしは何度も、彼にわたしのおなかを刺させた。何度も、何度も。何度も何度も何度も何度も何何度も度も何度も度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――


「ねえ、ほら……見て……わたしを見て……その綺麗な目で……わたし、を……」

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牛刀割鶏 木下森人 @al4ou

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