03.今の私たちならある程度は戦えるんじゃないかと

「はぁ、どうして武器と一緒に風呂にはいるかなぁ。アホなのかなぁ」

「いや、俺が自分で風呂に入れたんじゃなくて、サクラが勝手に入ってきたんだが」

「武器が勝手に入る訳ないでしょ」

「そりゃそうなんだけど……付けたら外せなくなるわ、相手と感覚が共有されちまうような指輪があったりする世界だろ。じゃ、自力で動く武器があってもおかしくないんじゃ」


 ヤドルがそのことについてチェイスに聞いた時、チェイスは明らかに動揺していたので、多分可能性としては残っているのだろう。

 サクラに、意思があるという可能性が。


「でもあんたが、武器ダメにしちゃったのに変わりはないでしょ」

「すまんかったなぁ、こうして鉱石取りにいくなんて。この前の洞窟に行けたら良かったんだが、どこぞの誰かのヒールでぶっ壊れちゃったからなぁ」

「……何か文句があるなら素直にいいなさい、ヤドル」


 責任を自分からフェイルに擦り付けようとするヤドル。

 風呂での一軒で壊れたサクラを修理するためには、とある鉱石が必要で。

 商店ではあまり出回っていない種類の鉱石だそうだが、単に需要が少ないだけで別に貴重なものではない。

 以前、ロッククラブを倒しに行った洞窟にも採掘できたはずだったが、その洞窟は、チェイスの『ヒール』によって崩壊してしまったので、今日はそれとは別の洞窟にやってきたのだった。


「クエストではないにしても、自分の武器がないって結構不安だなぁ」

「あんたは武器よりも、そのツルハシの方が似合っているわよ。それに武器なんて必要ないでしょ、自分の技を信用しなさいって」

「お前なんか、サクラに対して冷たい気がするんだけど……」

「良くわからないけど、あんたがその名前を他の女に向けて言っているのを聞くと腹が立つのよ。女じゃなく、武器ならなおさらね」

「へぇー」


――もともと変なとこで神経質だと思っていたが、最近それが余計に酷くなってる気がするな。


 ヤドルはそう思いながらも、口に出すと膝蹴りされそうなのでやめた。

 そうこうしている内に、洞窟にたどり着いたので、3人はさっそくツルハシを使い採掘を始めた。


「そう言えば、チェイス。この前『魔王なら簡単に倒せるんじゃ』とか言ってたよな」

「別に簡単とまでは言ってませんが……今の私たちならある程度は戦えるんじゃないかと」

「いや、今の私たちって……戦力になるの、お前の『ヒール』だけな気がするんだが」

「……それもそうですね」


 ですが、とフェイルはツルハシを振り回しながら、


「ですが、ヤドルは魔王を倒すのは人生で一番の難関みたいな感じで言っていたので。少々ギャップを感じたというか……遭遇する可能性もそこそこ高い種族ですし」

「へぇ、そうなんだな。俺の目的はそいつを倒すことだから、好都合だな。今度、そいつの居場所教えてくれよ」

「正確な場所はわからないですが、大体なら……」


 ここで、ヤドルは魔王を文字通り『ぶっ倒す』ことを考えていたが、フェイルの想像ではあくまで魔王と『戦って勝つ』ことであった。

 ヤドルは魔王と言えばぶっ倒す以外の選択肢を考えもしなかったので、2人の想像に違いがあることに気づけなかった。

 魔王を倒し、やっとテンプレの軌道に乗れるのではと考えたヤドルは上機嫌のまま、再び鉱石を掘ろうとして……


「あれ、さっきまでここに石あったはずだよな……」

「どうしたんですヤドル。石が勝手に動くわけ……」


 ツルハシを動かすのをやめたフェイルから逃げるように、ソレは動き出して……


「なぁ、フェイル。俺はものすごく嫌な予感がするんだが……これいきなり襲ってきたりしないよな」

「たぶん、これイワグロってモンスターな気が」

「ったく、クエストを依頼する側はどうして毎回肝心なこと言わねぇんだよ!」


 本来、冒険者になるには資金力のある名家からの推薦状が必要で、冒険者とは実力だけでなく、知識、学に秀でていなければいけない。

 ヤドルの嘆きは依頼者の責任ではなく、ヤドルが知っていないのが悪いだけなのである。


「逃げるぞ、フェイル。カナの姿が見えんが、たぶん大丈夫だ。鉱石は集めたし、俺たちだけでも先に」

「さらっと酷いこと言いますよね、ヤドルは! 騒がないでください。イワグロは元々、自身の老廃物を背中につけるので、余計なことをしなければ逆に喜ばれるはずなのです」


 イワグロは見た目は本当の石であり、手足となるようなものも見えない。


「その余計なことって何だ。したらこの石はどうなるんだ、実際モンスターにも見えないんだけど?」

「例えばイワグロをひっくり返したりすると……」


 ヤドルは、チェイスに言われた鉱石はある程度集まったし、ロクでもないことが起きる前に一刻も早く、この洞窟から逃げ出したくなっていた。


 が、洞窟にカナの叫び声が響き、


「うわっ! 何するのよ、この岩ぁぁぁ」

「ほら、やっぱりそういう展開になる」

 

 ヤドルがカナの方を向くと、そこには、


「おい、まじかよ。フェイル、あれがもしかして」

「イワグロは、石のまま、自分をひっくり返した不届きものに突進をするのよ」


 ……逃げ惑うカナに向かい、いくつもの石が飛び交っている光景が広がっていた。

 ヤドルはツルハシを地面に放り捨て、カナのもとへと向かいながら、


「フェイル、イワグロはどうやったら大人しくなるんだ?」

「……モンスターと人間が分かり合えたら、きっと世界は素敵な……」

「おい、色々と諦めるなって! あれだ、武器貸してくれ」

「ほい!」


 フェイルは自身の武器であるメイスをヤドルに投げ渡した。

 が、ヤドルが受け取ったメイスは手のひらサイズで……フェイルは採掘中かさばるからと、メイスに刻み込まれた術式を使い、武器を小さくしていたのだ。


「何だこれ! 俺が欲しいのはメイスだっての」

「それがメイスに決まっているじゃない。メイス自体に術式刻み込まれているから、魔力流せば勝手に元の大きさに戻るわ」

「……俺、魔力ねぇんだわ」


 魔法を使えるか使えないかは置いておいて、この世界で魔力を持っていない人間は稀である。

 フェイルは、ヤドルの発言が冗談だと信じたかったが、ヤドルの顔がどんどんと青くなっているのを見て……


――あぁ、これは本気で言っているのね。


 ヤドルが役立たずであると理解したフェイルは、静かに『ヒール』の呪文を唱え始め……


「てめぇふざけんな! 今ここで『ヒール』唱えたら、俺もあいつも死ぬじゃねぇか。洞窟もぶっ壊れるし」

「そんなヘマはしないわ。私だって、やるときはやれる女なんだから」

「お前は殺るだけだろ。この前、俺を回復させるとか言って、ぶっ殺されたの。俺はまだ根に持ってんだからな」

「器の小さい男ですね。じゃぁ打開策を提案してください」

「えっと……うわっ」


 急に飛んできたイワグロに向け、ヤドルは咄嗟に片手を振り下ろしていた。

 そして、合流したカナをヤドルは無意識にイワグロから守る態勢を取り、


「よし、お前らは逃げろ。ここは俺が食い止める」

「あんたはどうするのよ」

「運が良ければ、そのまま後を追う。悪けりゃ死ぬから、俺が戻らなかったら……教会で金払ってくれ」


 ヤドルの格好つけたような、ついていないような発言に女子2人は目を細め微妙な顔をした。

 ヤドルは2人からの生暖かい視線を受けながら、


――いい加減保険、入っときたいなぁ。


 ギルドの死亡保険に入ることができれば、この状況でヤドルは躊躇なくとまではいかないが、教会で復活するときの料金が軽減される。

 保険のグレードによっては、昼過ぎのおやつを我慢すれば、1日1回復活してもさほど支障はないレベルになるのだが……そのことに気が付いたカナが、


「ねぇ、今あんたが死んだら絶対、保険は入れないまま復活にお金かけての悪循環になりそうなんだけど」

「…………」

「ねぇ……あれ?」


 カナはやっとあることに気が付いた。

 イワグロに襲われているのに、ダラダラ会話を続けられていることに。


――あの動き……やっぱりどこかで……。


 ヤドルは会話を続けながら、自身に飛び掛かってくるイワグロの群れを流れるような体裁きで躱し、あまい動きをしたイワグロには拳での突きを加えている。

 まるで身体が勝手に、こうするべきであるかのように……ヤドルは、さながら歴戦の格闘家と言っても遜色がなかった。

 しかし、


――あれ? 俺、やっぱ才能ある!?


 ヤドル本人がそれを自覚した瞬間、生まれた隙をイワグロたちは、


「おい、お前ら早く逃げっ……うおっ」


 4方向からほぼ同時に突進をしてきたイワグロを躱したヤドルであったが、ヤドルの頭上まで飛び上がっていたイワグロの存在に気づいておらず、あわやヘッドショットをくらう寸前。


「危ないじゃないの。これだから、あんたって」


 カナが走り、その勢いのまま膝蹴りを披露し、ヤドルを守った。

 一旦、ヤドルとカナから距離をとるイワグロたちの様子を観察しながら、ヤドルは、


「お前、何で逃げないんだよ」

「何かあんたの動き見てたら、案外私でも倒せそうな気がしてね。この前のヤドカリとは違って、本気で蹴り飛ばしていけば本体丸ごと木っ端にできそうだし」

「意外とえげつねぇこと言うよな」

「それが私ですから」

「ははっ言えてる」


――この2人ってこんなに仲良かったでしたっけ?


 フェイルは、ヤドルとカナの様子から2人がずっと前からの知り合いなのかと思い始めた。

 一方、2人は無意識に発言しているので、未だに記憶が戻っている訳ではない。だが、記憶が戻りかけていることは確かであろう。

 それは、ヤドルとカナに共通する空手の技の影響か、一つ屋根の下で暮らしているからなのか……彼らが記憶を取り戻すまで、そう長くはないのかもしれない。


「あの、わたしは何をすれば!」


 ヤドルとカナの姿を見て、おいおいと逃げられてないフェイル。

 というより、自分が唯一使える『ヒール』を今すぐぶちかましたいのが本音である。


――ヤドルには使うなと言われましたが……。


「おい、フェイル。まさか」

「そのまさかですよ。大丈夫です、爆発はおこしませんっ」


 ヤドルは、イワグロとの戦闘でフェイルの顔を見ることができなかったが、彼女の自信満々の表情が脳裏に浮かぶと同時……


「『ヒール』!!!」


 フェイルの呪文の叫びが、洞窟に響いた。

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転生先で出会った女神が俺の幼馴染だった件について たまかけ @simejiEgg

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