02.まだ、全然抜いてないのに!

「おっ、お前さんたちも温泉に来てたのか。ヤドルの野郎はいないようだが」

「あいつは家で留守番に決まっているじゃない」

「……お前ら、ちょっとはヤドルに優しくしてやれよ」


 カナ、フェイル、チェイスの3人が温泉に行くと、そこにはドックが自身のパーティメンバを引き連れてそこにいた。

 温泉はギルド近くにあるため、ほかにも冒険者の姿が多く見られる。

 やれやれといった目で、カナとフェイルを見つめるドックに、フェイルは、


「ヤドルにはとっておきの物を渡したので大丈夫ですよ」

「ん? フェイルは何渡したんだ」

「入浴剤です。あっ、シラウド。この前はありがとうございました!」

「あぁ、自分で買ったんじゃなくてシラウドに貰ったのをそのまま渡したってことかい……」


 はぁ、と深くため息を吐くドック。

 その横にいる、ジュリアナが、


「ねぇ、君が噂のチェイスちゃんだよね」

「はっはい」

「ほんとこんな小っちゃいのに、武具店営んでいるとか本当に頑張っているわね。今度機会があったら、お店のほうにお邪魔させてもらうわ」

「あっ、ありがとうございます!」


 ジュリアナに対して、緊張気味のチェイスを見てドックは、


「おーい、ジュリアナぁ。あんま若い子いじめてやるなよ、おっちゃんそういうの見てると胃が……」

「はっ? 今のどこにいじめている要素があ……」

「まぁ、チェイス。このジュリアナってのは、見た目でちょっとキツそうな性格しているように見えるが、基本優しいとこもあるいいやつだから、仲良くしてやってくれや」


 ドックは、チェイスの人見知りな性格を見抜き、ガツガツと会話しに行ったジュリアナを遠回しにたしなめたのだ。

 ジュリアナへの対応から心を落ち着かせたチェイスは、一つ気になったことをシラウドに、


「あの、そのフェイルに渡した入浴剤の成分とかって分かりますか?」

「シラウドなら、もう温泉に行っちゃったわね……」

「えっ……あぁ」

「気になったことがあるなら、温泉に入った後、ここに集合しようか」

「お願いします」


 チェイスは、シラウドがフェイルにあげ、フェイルがさらにヤドルにあげたという入浴剤について気になったことがあった。

 別にチェイスが温泉好きという訳ではない。

 その入浴剤を『武具店』で利用する……いいや、『ヤドル一人』で使うことに気がかりなことがあったのだ。


「まぁ、チェイス。とりあえず温泉を楽しみましょうよ。心配事は後に」

「そうね、フェイル。せっかくの温泉、一緒に楽しみましょう」


 そんなこんなで、心配ごとを後回しにし、温泉に入ったチェイスたちであった。


 * * * *


 この世界にはガス給湯器などはないが、似たものとして魔力蓄積機というものがある。そこにためた魔力を、あらかじめ術式が刻み込まれた道具に流し込み、利用する。

 ヤドルには魔力はないが、蓄積機のおかげで風呂を沸かりたり、明かりと灯したりなどは一人でできるようになっていた。


――この世界にもシャワーがあればいいんだけどなぁ。


 湯舟にためたお湯を、桶ですくい肩を流しながらヤドルは、ふと思う。

 身体を洗った後、湯船につかる文化はこの世界にもあるが、次に風呂に入る人も湯舟のお湯は同じものを使う。

 だから、前の人が入ったお湯で身体を流すことになるのだが、魔法で水を浄化することは簡単に行える。

 現にこの武具店でも次に入る人のことを考え、前入った人は、最後に湯舟の水を浄化してから上がるのがルールとなっていた。

 つまり、文化的には一番風呂という概念さえないはずだ。


――なんであいつは……俺が先に入るのを嫌がったんだ?


 ヤドルがカナの行動に違和感を感じたのは、それだけでない。

 そもそも女神だというのに、カナは物理的な攻撃しかしない。ワンパターンな膝蹴りだが、その技は、相手の首を両手で抑え腹を的確に捉えるもので。


――女神が、空手なんかやるもんなのか?


 そう、その技はどう見ても空手の技の一つであった。

 空手……その技が分かるということは、ヤドルも空手をやっていたということ。

 ヤドルはそのことを理解しながら、中々思い出せない記憶にそわそわしていた。


 結局よくわからない記憶を掘り返しても無駄だとヤドルは考え、膝蹴りに関して最近気づいたことについて風呂につかりながら考えることにした。

 膝蹴りに関してというか、感覚共有についてである。


――あいつを守ろうと『身代わり』になったときに俺が負った痛みは共有されないんだよなぁ。


 以前、ヤドルたちがロッククラブを倒しに行ったとき、突如現れたロイヤルクラブに襲われたカナを助けようとして、ヤドルはフルボッコにされた。

 しかし、後日カナに聞くとその時の痛みは共有されていなかったそうだ。

 ペペロンチーノの時もそうである。ヤドルは、カナの嫌いな食べ物を代わりに食べた。

 本来であれば代わりに食べても『感覚』は共有されるので、カナは結局嫌いなものを食べたことと同じになるはずだったが、そうはならなかった。


 つまるところ、『感覚共有』にはいくつかの例外があるということだ。


「……ん?」


 フェイルに貰った入浴剤を入れ、湯舟につかりながら考え事に集中していたヤドルは、ふと、自分の武器である『サクラ』が桶の中に入っているのを見かけた。


――俺、持ってきてないはずなんだけどなぁ。


 何でだろうと疑問に思いながら、ヤドルがサクラを拾い上げた途端、


「うわっ、どうしたんだ……いや、俺が悪いのか」


 サクラが急に飛び跳ね、ヤドルの手から湯舟に落ちてしまった。


――いや、武器が勝手に動く何てありえないから、俺のせいだよなぁ……それにしても。


 フェイルに貰った入浴剤はかなりザラザラしていて、拾い上げたサクラも砂に突っ込んだみたいになってしまっていた。


――これ石鹸で洗っていいのかなぁ。


 そうヤドルが思っていると、騒がしい声が聞こえ始め、すぐさま風呂場のドアが開かれた。


「ヤドル! ……しまった、遅かったみたい」

「どうしたんだよチェイス! いくらロリのお前でも、男が風呂入ってるのに突撃してくるのは、どうかと思うぞ!」

「えっ、えっと……きゃぁぁ! ヤドルに襲われるぅぅ?」

「おい、誰だよそんな言葉教えた奴! チェイスも意味わからずそういうこと言わない方がいいぞ勘違いされるし!」


 思わず立ち上がりそうになったが、全裸なのでヤドルは入浴剤で琥珀色に染まった湯に身体を隠したままだ。

 チェイスは、ヤドルの両手にあるサクラが入浴剤でテカっているのを見ながら、


「ヤドル、もしかしないでもないんだけど……サクラ、湯舟に落とした?」

「うん、まずかったのか」

「うん……」


 チェイス曰く、ヤドルが使った入浴剤は皮脂汚れなどを固める効果があるらしい。

 風呂に浸かった後、身体をすすぐと全身がきれいになるといったものだ。


「んで、サクラ何だけど……鞘から抜いてみて」

「おう……あれ?」


――抜けないんだけど。


 ヤドルは何度も鞘からサクラを抜こうとしたが、どうにもこうにも。最初から一本の棒であるかのように、かっちりくっついてしまっていた。

 その様子を見て、チェイスは残念そうな顔で、


「このままじゃもう、サクラは使えないかもしれない」

「えっ、まじかよ。俺さ……」


 そこで、カナがチェイスに続いて風呂場に入ってきたのだが、ヤドルは気づかずに思ったことをそのまま、


「俺、まだ抜いてないんだけど!!」

「あっあんた、風呂で何する気だったのよ!! てか、チェイスの前で何の話してたのよ!」

「ちげぇって、サクラ抜いたことなかったのに、使えなくなったから……」

「サクラって誰よ! おい、私に内緒で女作って。それでまだ抜いたことないとか、何言って」

「武器の名前だよ……おい、バカ。俺今全裸何だが、おい、おいって来るなって!」


 拳を鳴らしながら近づいてくるカナに、ヤドルは思わず立ち上がってしまった。

 わっ、と赤面するチェイスの横で、カナはヤドルの下半身を見ながら、


「ふふっ、武器が使えなくなったとか言ってたけど……そのことだったのね」

「誰が、使えない武器だって? てか、おめぇ最初から話聞いてたんじゃねぇか!」


 そうして、せっかく風呂に入ったのにヤドルとカナは取っ組み合いによって汗をかき、再び風呂に入ることになったのであった。

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